午前二時の黒い皿

梢がカレーを温めたのは、午前二時七分だった。コンビニの容器から、同棲していたころに買った黒い皿へ移す。洗い物を増やす余裕はないのに、そのまま食べるのだけは負けた気がした。

電子レンジから出した皿は、底まで熱かった。湯気がノートパソコンの画面を薄く曇らせる。梢は立ったままスプーンを持ち、未送信の企画書を見ながらひと口食べた。じゃがいもは少し粉っぽかった。

彼と別れたのは二か月前だ。最後の夜、彼は「君の隣にはいつも仕事が座ってる」と言った。梢は、忙しい時期なのだから仕方ないと返した。彼はそれ以上責めず、翌週に出ていった。

誰にも言えないのは、彼の言葉が当たっていたかもしれないことだった。仕事が好きだから残業するのか、帰る場所に向き合わなくて済むから残業するのか、自分でもわからない。別れた今も午前二時まで働いていることが、答えのように思えた。

梢は三口目を飲み込み、左手でキーボードを叩いた。食べる速度は速かった。昼食も夕食も、終わらせる仕事の一つとして食べてきた。皿が空になるまで席を立たない。企画書が送れるまで帰らない。どちらも同じ規則だった。

半分を越えたところで、胃が重くなった。けれどスプーンは動いた。残すのはだらしない。中途半端は信用を失う。彼に言われたことではない。自分で自分へ言い続けてきた。

最後のひと口をすくう。ごはんとカレーと、小さなじゃがいもがきれいにのった。口へ運べば終わる。

梢はそれを皿へ戻した。空腹ではないから、残す。それだけの判断に、胸がざわついた。

ラップをかけ、黒い皿を冷蔵庫へ入れる。ひと口だけなら明日には乾くかもしれない。それでも、今夜の自分が片づけなくてもいい。

席へ戻った梢は、企画書を保存した。送信はしなかった。ノートパソコンの蓋を閉じると、曇っていた画面がようやく暗くなった。

冷蔵庫の中には、終わらせなかった一口が残っていた。