半額シールの夕食
野宮咲良は、入院前の夕食を買うためだけにスーパーへ寄った。
医師から病名を聞いた帰りだった。明日からすぐ治療を始めると言われ、会社へ連絡し、姉へ鍵を預け、冷蔵庫の生ものを捨てた。全部済ませたら午後八時を過ぎていた。
総菜売り場には半額の赤いシールが増えていた。咲良は握り寿司のパックを一つ取る。十貫入り。病院から渡された食事の注意事項には、生ものを避ける期間が書かれている。今夜までは、まだその期間ではない。
レジの店員がシールを二度確認し、箸を一膳つけた。いつもならエコバッグへ立てて入れるのに、今日は傾かないよう両手で持ち帰った。
部屋の床には開いたスーツケースがある。咲良はそれを閉じず、低いテーブルで寿司を食べた。まぐろ、いか、えび。好きなものを最後に残す癖があるが、今日は順番を決めない。最初に穴子を取り、次に玉子を食べた。
スマートフォンには返信待ちの通知が並んでいた。励ます言葉、詳しく聞きたいという言葉、すぐ行くという言葉。咲良は画面を伏せた。部屋に必要なのは会話ではなく、醤油の小袋をこぼさず開けることだった。
九貫目で満腹になった。最後はえびだった。冷蔵庫へ残すほどでもなく、捨てるほどでもない。咲良は湯を沸かし、薄いほうじ茶をいれてから、もう一度えびを箸で持った。冷えて硬くなった酢飯をゆっくり噛む。
空になったパックを流しへ運ぶ。透明な蓋と黒い容器を分け、醤油の染みを水で流す。赤い半額シールだけが、濡れても剥がれなかった。
爪を差し込み、端から少しずつ持ち上げる。紙は途中で裂けた。残った白い繊維も指でこすり、最後の一点まで取り除く。
レシートには値引き後の金額が印字されていた。咲良はそれを入院書類の封筒へ入れかけ、やめて財布のいつもの場所へ戻す。特別な日の証拠にするほどの買い物ではない。箸袋はきれいに裂けたので、短く折って可燃ごみへ入れた。テーブルを拭くと、醤油の丸い跡だけが残り、二度目で消えた。
咲良は小さく丸めた赤い紙を、ごみ箱の底へ落とした。