卒業証書保留
辻堂岳人は大学の食堂で昼食を取るたび、学生証に表示される信用点数を見る。妹の実乃里はいつも七百五十前後。卒業証書の発行基準ちょうどだったが、成績は学科一位だった。
卒業式の朝、実乃里の数字は七五一だった。
「一ポイント余ってる」
彼女は冗談を言い、岳人と写真を撮った。
式典の最後、名前を呼ばれた実乃里が壇上へ上がる。学長から濃紺の証書筒を受け取り、中央の認証台へ顔を向けた。
赤い音が鳴った。
《信用点数:七四九》
《卒業証書の発行を保留します》
会場の拍手が途中で止まる。
減点理由は、午前九時十二分に処理された一件だった。
《教育機関への不信申告を継続中》
実乃里は二か月前、指導教授による研究データの改ざんを告発していた。大学はまだ調査中で、申告を取り下げれば十二点戻ると通知されている。
学長が小声で言った。
「今日だけ撤回して、あとで出し直せばいい」
「撤回記録は残ります」
実乃里は証書筒を開いた。中には何も入っていなかった。
壇上横の画面に選択肢が現れる。
《申告を撤回し、卒業資格を再判定》
《信用回復を待ち、証書を保留》
就職先は、今日中の卒業証明提出を求めていた。保留を選べば内定も消える。
岳人は客席から叫びたかった。だが式典中の妨害は家族の点数にも影響する。実乃里がこちらを見て、ほんの少し首を振った。
彼女は《保留》を押した。
赤い表示のまま、壇を降りる。
次の学生の名前が呼ばれた。成績は実乃里より低いが、信用点数八九〇。認証台は緑に光り、今度は本物の証書が筒へ入った。
式が終わる前に、実乃里の端末へ内定取消通知が届いた。
《卒業要件未達のため採用資格を失いました》
「ごめん」
岳人が言うと、実乃里は空の筒で彼の肩を軽く叩いた。
「なんでお兄ちゃんが謝るの」
大学の出口で、教授の改ざん調査結果が掲示された。
《証拠不十分》
主要な告発者が卒業資格を持たないため、証言の信用性が不足したと書かれていた。
実乃里は空の筒を掲示板の下へ置く。
その瞬間、端末が鳴った。
《大学備品の遺棄を確認》
《信用点数:七四八》
彼女は筒を拾い直した。何も入っていないものまで、卒業できない理由として数えられていた。