厨房係は囚人をかばう
黒牢城の囚人が脱走したという報告は、看守長グルバシュの作り話だった。
横流し帳簿を見た囚人をまとめて殺すため、老朽化した内城壁を崩し、「脱走中の事故」と記録する。証拠も死体も同じ瓦礫へ埋めるつもりだった。
ところが壁の前に、厨房係ノエマが立った。
片手にはお玉、もう片方には夕食の鍋蓋。背後には鎖につながれた囚人が二十人いる。
「配膳前です。壁を落とすなら食後にしてください」
「厨房女が命令するな」
グルバシュは爆破紐を引いた。
内城壁が裂け、見張り台と鉄格子ごとノエマへ落ちる。土煙の中で鍋がひっくり返る音がし、看守たちは笑った。
だがグルバシュは鼻を動かした。
豆の煮込みの匂いが、焦げても土まみれにもなっていない。煮立った鍋が瓦礫の下へ入れば、湯気と砂の臭いが混ざるはずだった。
煙が晴れる。
ノエマは同じ姿勢で立っていた。お玉を右手、鍋蓋を左手。鍋は背後の炉に載ったまま、囚人の椀まで一つも割れていない。崩れた壁は彼女の前で細かく砕け、丘のように積もっていた。
瓦礫の中から、看守長が隠した横流し帳簿まで滑り出た。囚人を埋めるために崩した壁が、証拠だけを守って吐き出した格好だ。若い看守たちはノエマと帳簿を見比べ、命令杖から手を放した。グルバシュは部下の忠誠まで、最初の一撃で失ったことに気づく。
「防御魔道具か。その蓋を寄越せ!」
看守長が鎖鉄球を振り回す。処刑用の棘付き鉄球で、盾兵を鎧ごと潰す武器だ。
ノエマは鍋蓋を囚人へ渡した。
「吹きこぼれたら火を弱めてください」
「馬鹿にするな!」
鉄球が胸へ直撃する。石粉と湯気が白い煙になり、厨房口を覆った。
煙の中から、お玉が鍋縁を叩く音がした。
ノエマは同じ姿勢で立ち、味見のためにお玉を口元へ運んでいた。鉄球は胸に触れたまま潰れ、棘がすべて逆向きへ曲がっている。
彼女は一口すすり、看守長を見る。
「塩気が足りません。あなたの横流し分ですね」
グルバシュは鎖を放し、厨房係の前から一歩退いた。