右ポケットの落としもの
コインランドリーの事務室から、合鍵が消えた。
店長の安積悠里は、洗濯機の回る音を聞きながら鍵台帳をにらんだ。昨日、事務室へ出入りしたのはアルバイトの樫木百合、乾燥機を点検した比留川、毎週火曜に来る常連の御子柴サエ。売上金は金庫の中にあり、洗剤も一袋たりとも減っていない。
残っていたのは、白い糸が一本だけ絡んだ鍵フック。四番乾燥機の使用回数が、売上記録より一回多いこと。そして事務室の椅子に、いつもと違う花の柔軟剤の香りが移っていることだった。
「サエさん、昨日ここに入りました?」
悠里が訊くと、百合は観念してうなずいた。
先週、悠里はサエのコートのポケットから失業通知が落ちたのを見た。何も訊かず、たまっていた無料券を「期限が近いから」と渡した。サエはそれを恩に感じ、破れていた悠里の作業エプロンを直したいと百合へ頼んだらしい。再就職の面接へ着ていくブラウスまで洗ってもらったのに、代金を受け取ってもらえなかったことも、ずっと気にしていた。百合は閉店後、合鍵で事務室を開け、エプロンをこっそり持ち出させた。
「盗ったんじゃないよ。返すつもりだったの」
サエが大きな紙袋を抱えて現れた。中には、洗ってアイロンをかけた紺色のエプロンがある。右ポケットには小さな白い花まで刺繍されていた。
けれど合鍵は見当たらない。
比留川がポケットの縫い目を指でつまんだ。中で硬いものが鳴る。サエは鍵をエプロンの右ポケットへ入れたまま、ほつれた裏地ごと丁寧に縫い閉じてしまったのだ。
三人は数秒黙り、それから乾燥機より大きな声で笑った。
「せっかく直したのに、ほどくの?」
「鍵ごと着たら、防犯は完璧ですけど」
悠里が糸切りばさみを持つと、サエは「私がやる」と受け取った。縫い目を少しだけ開き、合鍵を救い出す。花の刺繍は無事だった。サエは「次の面接、受かったら最初の給料で返す」と言い、悠里は「そのときは普通料金で洗いに来て」と答えた。
休憩時間、サエが差し入れた缶のコーンスープを三人で飲んだ。悠里は新しいポケットを軽くたたく。
「今度は、鍵じゃなくて飴を入れます」