名前をつけたら敵

瀬古アキラは霧の中の人影へ照準を合わせた。

《敵性名称を生成中》

《侵入者兵 Lv80》

名前が表示された瞬間、人影は剣を抜いた。この森では、対象を選択するとシステムが名前と敵味方を確定する。攻略者は赤い表示を頼りに、現れる影を片端から倒してきた。

「右に三体!」

仲間の声。アキラは一体へ照準を合わせかけ、指を止めた。選択前の影は武器を持っていない。白い服で、こちらへ両手を伸ばしている。

腰の観測鏡には、短い説明があった。

《名前は対象の正体ではなく、観測者が期待した役割を表示します》

なら《侵入者兵》は正体ではない。自分たちが侵入者を期待した結果だ。

アキラは照準を外した。影は剣を消し、白衣の人間へ戻る。口が動くが、声は霧に遮られて届かない。

仲間が別の影を選択し、《処刑人》の名を与える。途端に巨大な斧が現れた。

「狙うな! 名前をつけるな!」

「敵を見逃せっていうのか!」

赤い名前は分かりやすい。分かりやすいものほど、人を安心させる。アキラは仲間の前へ立ち、照準を下げさせた。

霧の影たちは、現実側から接続してきた救助医療班だった。システムが未知の外部アバターを、プレイヤーの恐怖に合わせて敵へ変換していたのだ。

アキラが誰も選択しないまま進むと、霧が薄くなった。白衣の一人が手を差し出す。名前欄は空白。敵でも味方でもない。ただの誰かだ。

その手を握ると、森の空に巨大なログアウト窓が開いた。仲間たちも一人ずつ照準を外し、影へ近づく。赤い名前が消えるたび、白衣の人数が増えた。

最後まで剣を構えていた攻略長が、震えながら照準を切る。彼の前の《魔王》は、涙を流す老医師へ戻った。

老医師は攻略長の父だった。赤い《魔王》の表示に隠れ、何度呼びかけても斧の咆哮へ変換されていた。攻略長が標的指定を外すと、三年間聞けなかった「迎えに来たぞ」が霧の中から届いた。

《敵性名称の生成を停止しました》

《外部救助者二十三名との接続を確認》

《ログアウト不能の原因:救助対象が救助者へ敵役を付与し続けていました》