告白する指先と白紙ウエハース

王宮書記官フェデルは、菓子店〈白頁堂〉へ入るなり両手を背中に隠した。

「何にも触れずに買える菓子はあるか」

昨日、告発状を清書している最中に呪われた墨をこぼした。それ以来、指が触れた場所へ心の中の言葉が勝手に浮かぶ。机には「休みたい」、扉には「大臣が嫌いだ」、同僚の書類には「この数字は怪しい」。最後の一文だけは正しかったが、誰も内容より無礼を責めた。明朝までに呪いを消せなければ、職を失う。

革手袋の表面にも、触れた瞬間の本音が黒々と浮かんでいた。〈怖い〉の下へ〈でも逃げたくない〉が重なり、指の形が見えない。呪いのおかげで不正の端緒をつかんだのに、上役は内容を調べず、礼儀を乱した罰だけを告げた。フェデルは黙る自由さえ奪われていた。

店主レオニドは白いウエハースを一枚、長い木ばさみで皿へ置いた。紙のように薄く、表面には何も書かれていない。

「白紙ウエハース。触れた人の指から、言い切れなかった言葉を吸います」

「全部、店中に書き散らすのではないだろうな」

「書く前に食べれば大丈夫です」

フェデルは覚悟を決め、人差し指で菓子に触れた。

白い表面へ黒い文字が次々と走る。

――怖い。悔しい。あの数字は本当に怪しい。辞めたくない。

彼は顔を真っ赤にしたが、逃げずに一口でかじった。紙のような見た目に反して、蜂蜜と胡桃の香ばしさが広がる。文字は舌の上でほどけ、飲み込むたび指先の黒い染みが薄くなった。

最後の欠片を食べ終え、レオニドが帳面を差し出す。

フェデルは震える手で表紙に触れた。

何も浮かばない。

次に羽根ペンを握り、領収の欄へ自分の名だけを書いた。余計な告白は一文字も現れなかった。

「これで黙っていられる」

「黙るためですか」

フェデルは少し考え、首を横に振った。

「いや。怪しい数字を、自分の意思で告発するためだ」

値段の銅貨に銀貨を一枚重ねる。

「明日、同じものを十枚。今度は書く言葉を選んでから来る」

背中に隠していた手で扉を開け、堂々と出ていった。

レオニドが真っ白な皿を拭くと、ちりん、と次の頁をめくるようにベルが鳴った。