告白を先にした私
勅使河原千紘の恋愛相談アプリに、既婚者の自分がログインしてきた。
十五年前、大学の卒業式で千紘は幼なじみの史生に告白できなかった。並行世界の千紘は告白し、史生と結婚していた。
「勝ち組の顔を見せに来た?」
「離婚届の書き方を相談しに来た」
向こうの千紘は画面越しに、洗濯物と子どもの弁当箱を背負っていた。史生は優しいが、優しさだけで会話を終わらせる。告白した日の勇気を、十五年間の正解として守るうち、二人とも不満を言えなくなったという。
こちらの千紘は独身で、恋愛コラムを書きながら他人の告白を添削していた。史生とは年賀状だけの関係だ。
「それでも、史生と暮らした時間がある」
「あなたには、史生を嫌いにならずに済んだ時間がある」
「交換する?」
「子どもの保護者会も込みで?」
「遠慮します」
二人は笑った。笑ったあと、同じ顔で泣いた。
向こうの千紘は離婚したいのではなく、告白をやり直したかった。こちらの千紘は史生と結ばれたいのではなく、告白できなかった自分を許したかった。
通信終了の日、向こうは史生に「寂しい」と言うことにした。こちらは年賀状の住所を頼りに、十五年ぶりに史生へ電話した。
『久しぶり。どうしたの』
千紘は用意した愛の言葉を捨てた。
「卒業式の日、好きだったって伝えたくて」
史生はしばらく黙り、それから「知ってた」と笑った。彼は来月結婚するという。
胸は痛んだ。けれど世界は崩れなかった。
数週間後、向こうの千紘から通知が来た。
〈離婚は保留。昨日、初めて大喧嘩した。少し嬉しい〉
こちらの千紘は返信した。
〈私は初めて、振られてもいない恋を終わらせた〉
告白を先にした自分も、しなかった自分も、恋の勝者ではなかった。ただ二人とも、十五年遅れで相手ではなく自分に本音を言えた。
千紘は恋愛コラムの看板を〈成功する告白術〉から〈失敗しても帰れる言葉〉へ変えた。閲覧数は半分になったが、初めて自分の文章を読み返せた。史生の結婚式には出席せず、祝電に余計な暗号も忍ばせなかった。