四分遅れのろうそく

桐谷瑞季の二十八歳は、四分遅れて始まった。

日付が変わる瞬間、テーブルには小さなケーキと、一本だけ火をつけたろうそくがあった。去年までは湊人が東京まで来て、コンビニで一番高いスパークリングジュースを買った。今年は二つ用意したグラスの片方を、棚へ戻せないままにしていた。画面は暗いまま。札幌にいる蓬田湊人からの着信が来たのは、零時四分だった。

「ごめん。母さんがまたベッドから降りようとして」

「大丈夫。間に合ったよ」

瑞季はすぐに言った。

湊人の母は、冬の転倒で脚を骨折し、退院したばかりだった。仕事のあと実家へ通う彼に、東京まで来てほしいとは言えない。自分の誕生日と、家族の介護を天秤に載せさせたくない。それが、好きなのに言えない理由だった。

「もう日付変わってる」

「四分くらい誤差だよ。間に合った」

二度目は、彼の謝罪を終わらせるためだった。

画面の向こうで、湊人は台所の床に座っていた。祝いの言葉を言い直そうとするたび、疲れたまぶたがゆっくり閉じた。背後には洗いかけの食器と、介護用の白い手すりが見える。

「ろうそく、まだ燃えてる?」

「うん」

「吹き消して。見てるから」

瑞季は息を吸ったが、火を消せなかった。

「来年は、そっちに行くよ」

湊人が言う。

「無理しなくていい」

「またそれ?」

「だって状況、分からないし」

「瑞季は俺に来てほしくないの?」

逃げられない問いだった。ろうそくは短くなり、溶けた蝋がケーキの上へ落ち始めている。

「来てほしいって言ったら、困るでしょ」

「困るかどうかは、俺が決めたい」

湊人の声の向こうで、母親が呼ぶ気配がした。残された時間は長くない。

瑞季は火を見つめた。

「間に合ってない」

「え?」

「電話は間に合った。でも、私はずっと、隣にいてほしかった」

それ以上は言わなかった。

湊人が母親の部屋へ戻るまで、あと一分。瑞季はろうそくを吹き消さず、ケーキ店の予約画面を開いた。翌週の土曜日、札幌店受け取り、二人用。

注文を確定してから、ようやく火を消した。