四十三通目の封筒

昼休み、蘇我紘人は上遠野雅彦社長の机へ白い封筒を置いた。

二通目、三通目と続き、最後には机の端から端まで四十二通が並んだ。印刷会社の全社員による退職届だった。

上遠野は一通も開かず、腕を組んだ。

「組合ごっこなら外でやれ。印刷機は俺の資産だ。人間は日雇いで補充できる」

紘人は校正刷りを一枚、封筒の上へ置いた。市の防災冊子だった。誤植を見つけて直したのも、四色機の癖を読んで色を合わせたのも、夜中に紙詰まりを解いたのも、机に並ぶ四十二人である。退職前に版下と用紙の在庫を一覧化し、取引先へ迷惑が出ないよう納品可能分まで整理していた。上遠野の言う反乱には、乱れた一枚すらなかった。

「明日の入札説明会には俺が行く。市役所は会社の規模を見る」

上遠野が笑うと、受付が来客を告げた。市の契約担当者と、主要顧客三社の担当者だった。

契約担当者は通知書を読み上げた。

「有資格の印刷技能者が全員退職し、安全管理者も不在となるため、現契約を解除します。緊急案件は、蘇我さんたちが設立した事業協同組合へ随意契約で移します」

「談合だ!」

「いいえ。災害時に止められない印刷物を、実際に刷れるところへ頼むだけです」

続いて労働基準監督署の職員が入った。上遠野が裁断機の清掃時間を勤務から外し、タイムカードを持ち帰って書き換えた記録が残っていた。社員たちは校正紙の裏に、実際の退勤時刻を毎日メモしていた。

上遠野は白い封筒を払い落とし、銀行へ電話した。床へ落ちた封筒は誰も拾わない。中身は脅しではなく、すでに効力を持つ通知だった。

「機械を担保に追加融資を」

電話口の返答を聞いた瞬間、顔が固まる。主力契約の消失と未払い賃金請求を理由に、当座貸越は停止された。

そのとき、配達員がもう一通の白い封筒を持ってきた。四十三通目だった。

差出人は銀行。中身は融資期限の利益喪失を知らせる通知書だった。

紘人が新しい組合の印章を防災冊子の発注書へ押す。

四十三通目が開かれた瞬間、社員全員の再出発と、上遠野の会社の破産申立てが同じ紙の上で決まった。