団扇に書いた逃げ道
環へ。
空港の搭乗口で、あなたにもらった団扇を見つけました。十年前の油性ペンは、まだ消えていません。
〈一緒に逃げよ〉
たった六文字。あの夏の私たちには、秘密の呪文みたいだったね。
高校二年の夏、私たちは同じ進学塾に通っていました。あなたは医者の娘で、私は教師の娘。成績表が良ければ褒められる代わりに、どこへ行きたいかを聞かれたことがなかった。
夏期講習の夜、窓の外から祭り囃子が聞こえた。先生が黒板を向いた瞬間、あなたは配られた広告団扇の裏に六文字を書き、私へ滑らせた。
非常階段を降り、制服のまま神社まで走った。補導されるかもしれない、親に叱られるかもしれない。それだけで心臓が壊れそうに鳴った。
私たちは屋台で一本のきゅうりを分け、射的では何も取れず、花火が始まる前に雨に降られた。華やかなことは一つもなかった。それでも、塾の机では決して出なかった笑い声が、喉から次々こぼれた。
境内の軒下で、私は聞きました。
「どこまで逃げる?」
あなたは濡れた団扇で顔をあおぎながら答えた。
「逃げ切らなくていいよ。自分で戻る場所を決められるところまで」
翌日、私たちは二人とも叱られ、模試も受けた。人生は劇的には変わらなかった。でも私は、親に勧められた学部ではなく、言葉を学べる学科を選んだ。あなたは医学部へ進んだけれど、小児科ではなく研究の道へ行った。
そして今、私は出版社を辞め、台北の学校で日本語を教えるため飛行機に乗ります。母には「逃げ癖がついた」と言われました。正直、少し傷つきました。
でも団扇を見て分かった。これは逃げ道の証拠ではなく、自分で戻る場所を選んだ最初の夜の証拠です。
あなたは仕事で見送りに来られないから、この手紙を写真に撮って送ります。
今度は一緒には逃げません。別々の町で、別々の怖さを抱えて進みます。
搭乗案内が始まりました。団扇は機内へ持っていきます。
過去へ風を送るためではなく、行ったことのない場所で、息をするために。