地下風の脈
終電後の地下鉄トンネルで、換気ファンの振動警報が出た。始発まで三時間。浦上烈が機械室へ入ると、保守責任者は軸受へグリースを足す準備をしていた。
「先月も振動値が上がった。油切れでしょう」
烈は運転記録を見た。振動値は回転数に比例せず、ダンパーが四割開いた瞬間だけ跳ね上がっている。軸受の傷なら、速度を上げるほど悪化するはずだ。
低速でファンを回し、ダンパーを少しずつ動かす。三割では静か、四割で壁まで震え、五割を越すとまた収まった。風量の問題ではなく、その位置だけ何かが共鳴している。
烈はファンを止め、羽根が完全に静止するまで誰も扉へ近づけなかった。惰性で回る巨大な羽根は、電源を切ったあとほど音がない。中へ入ると、ダンパーを支える連結棒のボルトが一本なくなり、板が風で細かく踊っていた。振動は配管を伝わり、軸受のセンサーまで届いていたのだ。
責任者は残ったボルトを締め、全開で固定しようとした。烈は板の縁に細い亀裂を見つけた。全開なら今夜は静かでも、朝の運転切替で亀裂が広がり、板が外れてファンへ吸い込まれる。
なくなったボルトは機械室の床にはなかった。烈はファン下部の網を外し、羽根に吸い込まれる手前で引っ掛かっていた一本を見つけた。そのまま試運転すれば、振動が直った直後に異物が飛ぶところだった。残る連結部にも塗料で印を付け、次回は緩みを目で追えるようにした。
予備の連結棒へ交換し、亀裂のある板も外した。時間は減ったが、烈は試運転を省かなかった。ダンパーを一割刻みで開閉し、各位置の振動値を記録する。四割でも針は上がらない。
烈は警報の境界値も元へ戻した。数値を高くして鳴らなくする案は、故障を直すのではなく耳を塞ぐだけだった。
午前四時五十分、トンネルに一定の風が流れた。遠くで始発前の確認列車が線路を鳴らす。責任者は使わずに済んだグリース缶を棚へ戻した。
地上へ出る階段で、烈の無線が入った。次の駅では排煙口の羽根が閉じないという。朝の列車が近づくほど、地下の機械は一つずつ目を覚ましていった。