夕方五時の白い皿
千早川凪子は、夕方五時のファミリーレストランが好きだった。
昼の混雑は終わり、夕食の家族連れはまだ少ない。窓際の二人席へ一人で座っても、店員は急かさなかった。
凪子は在宅で仕事をしている。
朝から同じ部屋で画面を見続け、夕方になると自宅が職場の続きに見えた。
そこで五時になったらパソコンを閉じ、歩いて十分の店へ行く。
注文は小さなオムライスとスープバー。
店員の葉山は、凪子の名前を知らない。
凪子も名札で名字だけ知っている。
「今日も窓側で?」
「空いていれば」
それだけで、仕事の外へ出た気がした。
ある日、窓際席が団体予約で使えなかった。
凪子は奥の一人用カウンターへ案内された。
壁に向かう席で、窓も外の景色もない。
「別の席、空くまで待ちます?」
葉山が訊く。
凪子は迷い、カウンターへ座った。
目の前には小さな鏡があり、厨房の入口が映っている。
皿を運ぶ人、スープを補充する人、布巾を洗う人。
窓際では見えなかった店の動きが、鏡の中で静かに続いていた。
オムライスが届く。
白い皿、黄色い卵、赤いケチャップ。
葉山が「今日は端が少し破れたので、チーズを多くしたそうです」と言った。
「教えていいんですか」
「見れば分かるので」
凪子は匙を入れた。
破れたところから溶けたチーズが伸び、バターとケチャップの匂いが立つ。
カウンターの隣には、学校帰りの少女が一人で宿題をしていた。
互いに話さない。
凪子がスープを取りに立つと、少女が鞄を少し寄せて通路を空けた。それだけのやり取りが心地よかった。
六時になると、店は少しずつ賑やかになった。
凪子は最後のスープを飲み、会計へ向かう。
「奥の席、どうでした?」
葉山が訊く。
「次から、空いてる方で」
「お気に入りが減りました?」
「二つに増えました」
外へ出ると、町は夜の匂いに変わっていた。
凪子の部屋へ戻れば、机とパソコンはある。それでも夕方五時に一度外へ出たことで、帰る場所として見直せる。
上着にはオムライスのバターとスープの胡椒が残り、白い皿一枚ぶんの余白が、仕事と夜の間に静かに置かれていた。