外した記念板

 古賀郁乃が白銅堂へ運び込んだ置時計には、台座の正面へ真鍮の板が留められていた。

 〈二人の時間が永く続きますように〉

 その下に、結婚した日と、郁乃が三年前まで使っていた姓が刻まれている。離婚の手続きは終わったのに、時計だけが新婚祝いのまま棚に残っていた。

 捨てれば早い。けれど木のケースも、淡い音で鳴る鐘も好きだった。嫌いなのは、時刻を見るたび、祝福された約束の失敗を読まされることだった。

 郁乃は来週、仕事上の姓をどうするか会社へ届けなければならない。結婚後の姓で積み上げた実績があり、そのまま使うほうが説明は少ない。けれど名刺を見るたび、誰かの家からまだ出ていないように感じる。

「板だけ外せますか」

 店主は時計を横に寝かせ、底の布をめくった。細いねじが二本、裏から板を留めている。ねじ回しが半回転するたび、真鍮板が少しずつ浮いた。

 外れたあとには、木へ二つの穴が残った。郁乃が「埋められますか」と聞くと、店主は似た色の補修材を出し、時計の横へ置いて見せた。塗れば目立たなくなる。しかし郁乃が答える前に作業は進めず、ねじと板を小さな封筒へ入れた。

 郁乃は穴を見た。遠目には気づかないほど小さい。それでも近づけば、何かが確かに取り外された跡だと分かる。

「このままでお願いします」

 店主は補修材を引き出しへ戻した。時計を起こし、時報を一度鳴らす。鐘は以前と同じ二音で、真鍮板がなくても響きは変わらなかった。

 会計票の所有者欄が空いていた。店主がペンを添えて郁乃へ向ける。

 郁乃は、出生時の姓で自分の名を書いた。続けて会社の申請画面を開き、使用姓変更の欄にも同じ文字を入れる。過去の制作実績には旧使用姓を併記できると、注意書きにあった。消えるのではなく、つながり方が変わるだけだった。

 店主は置時計を包み、外した板の封筒は同じ箱の底へ入れた。捨てるか残すかを決める期限はつけなかった。

 郁乃は申請を送信し、箱の持ち手を握った。二つの穴は包みの中で見えない。それでも、もう板は時計の正面になかった。