外商カードを持たない会長
蔦ヶ丘澄芭は、麻のワンピースと布袋で老舗百貨店の外商サロンへ来た。
受付で茶器売場について尋ねると、外商主任の鴨井祥子はカードの提示を求めた。
「持っていません」
「年間購入額三千万円以上のお客様専用です。一般案内所は一階になります」
澄芭は、奥で高齢の女性が重い箱を抱えているのに気づいた。若い外商員が駆け寄り、配送手続きを始める。鴨井は小声で叱った。
「購入額の低い方へ時間をかけないで。富裕客を見分けるのも仕事よ」
澄芭は女性の箱を支え、若い外商員の名前を聞いて帰った。
翌朝、百貨店グループの臨時総会が開かれた。創業家の新会長が、外商制度の改革を発表するという。
鴨井は最上位顧客だけを前列へ並べた。
壇上へ上がったのは澄芭だった。
蔦ヶ丘家は、この百貨店と全国の商業施設を所有する創業家。澄芭は株式の過半を相続した新会長だった。外商カードを持たないのは、会長個人の買い物も一般客と同じ会計へ通し、販売実態を自分で確認する方針だからだ。
昨日の高齢女性も会場にいた。彼女は創業時から百貨店へ茶器を納める人間国宝の陶芸家で、新作の相談に来ていた。購入額だけなら低くても、百貨店の文化事業を四十年支えた人物だった。
鴨井は慌てて言った。
「会長と先生だと分かっていれば、当然特別に対応しました」
澄芭は首を振る。
「分からない相手へ、どう接するかを見ました」
監査資料には、鴨井が購入額の低い顧客を予約名簿から削り、担当者の成績を自分へ付け替えた記録が残っていた。
澄芭は若い外商員を、文化顧客担当の新チームへスカウトした。購入額ではなく、修理、相続、作り手との関係まで支える部署である。
鴨井の外商権限が停止され、金色の主任カードが回収された。
澄芭は布袋から、修理を頼む古い湯のみを出した。若い担当者が両手で受け取る。
新しい外商制度の承認印が押された瞬間、カードを持たない会長が百貨店の未来を決め、カードだけで人を測った主任はサロンの名簿から消えた。