夫の名で咲く薬

金の婚姻印を結んだ夫婦は、先に署名した者が生み出したものを、すべて後から署名した者の功績として世に残す。

薬師プラシェは、自分の名が消えることを承知で先にペンを取った。

契約相手のサーレンは、薬草の名すら三つしか知らない伯爵だった。けれど王立医局へ新薬を登録できるのは、貴族か、その配偶者名義だけ。平民の女が十年かけた薬は、試験を受けることさえ許されない。

机の上には、灰熱病を抑える青い錠剤が一粒ある。

昨冬、プラシェの工房では七人がこれを飲み、七人とも助かった。今は下町で病が広がり、薬を無許可で配れば、工房ごと封鎖される。登録されれば明日の朝から千人分を作れる。

「共同発明と書かせる」とサーレンは言った。

「魔法は文字を聞きません」

婚姻印が結ばれた瞬間、瓶のラベル、研究帳、師匠の推薦状から、プラシェの名は消える。代わりにサーレンの署名が浮かぶ。薬師組合は彼女を盗作者として追放するだろう。

工房には、母の乳鉢がある。十歳で初めて煎じ薬を焦がした跡も、夜通し薬効を記した壁もある。自分の名で薬店を持つことだけが、死んだ母との約束だった。

サーレンは契約書を畳んだ。

「登録官を買収する。三日あれば」

「病人は三日待てません」

「では私が先に署名する。君の功績になる」

「貴族が平民の名で作った薬は、登録されない」

制度は、犠牲の向きまで決めている。

窓の外で荷車が止まった。下町から運ばれた患者が、診療所へ入りきれず道に寝かされている。咳の音が、閉じた窓を越えて届いた。

プラシェは研究帳の最後の頁を開いた。

そこには、薬が完成した夜の走り書きがある。

――母さん、できた。私の薬です。

それだけは誰にも見せていなかった。

「離縁後も、名は戻らない」とサーレンが言う。

「知っています」

「私は一生、この薬を自分が作ったと言われる」

「そのたび、本当の作り方を守ってください。値段を上げないで。材料を独占しないで」

「誓う」

プラシェは彼より先に署名した。

金の光が研究帳を走る。頁の上で、母へ報告した一文から、〈私〉という文字だけが薄れていった。

薬瓶に浮かんだ他人の名を見届けてから、プラシェは自分の薬を一粒、最初の患者へ運んだ。