奪われる記憶の選び方
朽縄ゼンの胸を、PK《記憶喰いオズ》の刃が貫いた。
《記憶戦利品》
プレイヤーを殺した者は、被害者が死亡時に最も強く想起していた記憶を取得します。
「帰還座標を思い出せ」
オズは耳元で囁く。恐怖を与えれば、人は無意識に帰りたい場所を思い浮かべる。彼はそれを盗み、他人の現実座標へ侵入してきた。
ゼンのHPが一へ落ちる。
彼は故郷も家族も考えない。
代わりに、初めてPKを見逃した日のことを思い出した。泣きながら剣を捨てた少年。仲間は殺せと言ったが、ゼンは逃がした。
その少年の名はオズだった。
「やめろ」
オズの声が震える。
記憶の中の彼はまだ十三歳で、人を殺していない。ゼンから渡された回復薬を握り、「次は誰も斬らない」と約束している。
「そんなものを思い出すな!」
「欲しい記憶を奪えるんだろ」
オズは刃を引こうとする。だが致命攻撃はすでに成立している。
ゼンのHPがゼロになる。
記憶が光となってオズへ流れ込む。彼は両膝をつき、自分が救われたときの温度を、ゼンの側から初めて体験する。
同時に、ゼンの視界が完全には消えない。最も強い記憶には、人格の基準となる《自己錨》が含まれていた。
オズの身体の中で、ゼンの声がする。
「今度はお前が、誰を見逃す?」
周囲の獲物へ向いていた剣が下がる。
《記憶戦利品を取得》
《内容:朽縄ゼンがオズを殺さなかった記憶》
オズの視界には、ゼンの記憶と自分の現在が二重に映る。獲物の位置を示す赤い輪の上へ、十三歳の自分が泣いている姿が重なる。
「出ていけ」
頭の中のゼンへ命じても、自己錨は命令では剥がれない。
ゼンは身体を失った代わりに、オズの次の選択を見届けることしかできない。支配も攻撃もできない。それでも記憶を奪うたび被害者を完全に消してきたPKにとって、見られ続けることは初めての重さだった。
オズは捕らえていたプレイヤーの鎖を外す。
その瞬間、ゼンの意識表示が一%濃くなる。
記憶の中で救われた少年が同じ選択を繰り返すたび、被害者は少しずつ殺害者の中で生存者へ変わっていった。
《自己錨の移動を確認――殺害者は記憶を奪いましたが、被害者はその記憶が残る限り完全には死亡しません》