学級日誌裁判
笠置諒介と副委員長の交換日記は、正式には学級日誌だった。
最初は真面目に書いていた。
『本日の欠席者一名。清掃は概ね良好。』
『窓の鍵が一箇所閉まりにくい。』
そのうち、余白が会話になった。
――委員長が朝の会に遅刻。
――副委員長が日誌を隠したためです。
――机の上にありました。
――物の配置には個人差があります。
教師の判子が押される前に消せばいい。二人はそう思っていた。
ある月曜日、日誌がなくなった。
机にも教卓にもない。担任は知らないと言う。諒介と副委員長は昼休み中、校内を探した。
六時間目、黒板の中央に大きく書かれていた。
『第一回 二年四組・学級日誌裁判』
日誌は教卓の上。クラスメイトが勝手に頁を読み、裁判を開いたのだ。
「被告、前へ」
諒介と副委員長は並ばされた。
検察役が日誌を読み上げる。
「五月十二日。『副委員長はプリントを配るときだけ足が速い』」
「事実です」
「五月十三日。『委員長は先生の物真似が似ていない』」
「それも事実です」
傍聴席が笑う。
証人が次々に立った。
「二人は毎朝、日誌を取り合っています」
「委員長は副委員長が休むと静かです」
「副委員長は委員長が休むと日誌を二頁書きます」
「異議あり」と二人は同時に言った。
担任は教室の後ろで腕を組み、止める気配がない。
最後に、裁判長役が訊いた。
「この日誌は、学級の記録ですか、二人の交換日記ですか」
諒介は答えに詰まった。
副委員長が先に言う。
「学級の記録です。私たちが書いているだけで」
するとクラスの一人が手を上げた。
「じゃあ、今日の裁判も書いてください」
日誌が二人の前へ置かれた。
諒介はペンを持った。
『本日、学級日誌の私的使用について裁判が行われた。被告二名は――』
隣から副委員長が続ける。
『――有罪。ただし、クラス全員が盗み読みの共犯である。』
教室が沸いた。
担任がようやく前へ来て、判子を押した。いつもの「確認」ではなく、赤いインクで大きく『全員反省』。
その日の頁だけ、クラス全員の署名が並んだ。
放課後、日誌を職員室へ運びながら、副委員長が言った。
「明日から余計なこと書かないで」
「そっちこそ」
「今日の判決、反省してる?」
「してる。少し」
「私も少し」
翌朝、日誌の余白には一行あった。
――委員長、今日も三十秒遅刻。
諒介はその下へ書いた。
――副委員長、今日も待っていた。
今度は消さずに、担任の判子を待った。