家が黙った礎石
夜になるたび、メイファの廃屋は呻いた。
ぎしり。みしり。風がないのに壁が鳴り、戸棚の皿が触れ合う。幽霊ではない。東南の礎石が沈み、家全体がわずかに傾いているのだ。
王都の地術院にいたメイファは、地面の声を聞けた。大地震の前兆を告げても「不安を煽るな」と退けられ、実際に塔が倒れると「なぜ止めなかった」と責められた。褒賞代わりに渡された辺境の家まで、彼女へ助けを求めるように軋んでいる。
けれど、国と違って家は嘘をつかない。
今日直すのは、沈んだ角一つだけ。
傾いた床へ置いた林檎は、いつも東南へ転がった。メイファはそれを目印にし、修理が終わるまで食べずに取っておくことにした。家が真っ直ぐになれば、林檎もその場に残るはずだ。
メイファは土台の下を少しずつ掘った。深く掘りすぎれば壁が崩れる。肩を入れて木の梃子を押し、家を髪一本ぶん持ち上げる。隙間へ平たい花崗岩を滑らせ、砂と小石を詰める。
地術を使えば一瞬で持ち上げられる。だが強い魔力は古い梁を折る。彼女は土へ掌を当て、石がどちらへ座りたがっているかを聞いた。
――もう少し右。
――そこで止めて。
誰にも聞こえない声に従い、木槌で石を三度叩く。
一度目で、戸棚の皿が鳴った。
二度目で、窓枠が真っ直ぐになった。
三度目で、家は黙った。
メイファは林檎を床へ置いた。赤い実は一度だけ揺れ、それから動かなかった。大げさな測定器も、院長の承認印もいらない。暮らしの中の物が、修理の正しさを教えてくれた。
静かすぎて、メイファはしばらく息を止めた。これまでの呻きが消え、代わりに外の虫の声と、暖炉の薪が崩れる音が聞こえる。
鉄鍋では、山羊乳と蕪のスープが煮えていた。白い湯気の向こうで、焼いたパンの皮がぱり、と割れる。
そのとき、地術院の魔法板が机の上で震えた。
『王都北塔に傾斜。特別顧問として復職を認める。直ちに転移門へ』
認める、という言葉に、メイファは小さく首を傾げた。助けを求めているのは向こうなのに、まだ許す側のつもりらしい。
魔法板を伏せる。
今夜は、音のしない家の声を聞きたい。
メイファがパンをスープへ浸すと、家は軋まず、ただ温かな匂いを抱えていた。