家計簿の七つの劇場

柊木菜摘は、同棲中の恋人と家計簿アプリを共有していた。ただし「交際費」という項目だけは、内訳を見せていない。

そこには七つの劇場名が並んでいる。東京、大阪、博多、仙台、金沢、名古屋、神戸。舞台俳優を追う遠征費を、菜摘は毎月決めた額の中で積み立てていた。赤字にはしていない。それでも結婚や住まいを考える年齢で、こんなに移動していると知られたら、幼い趣味だと言われそうだった。

親戚の集まりで、母に「同じ舞台なら一度で十分でしょう」と言われてから、回数だけは恋人にも話さなくなった。節約して確保したお金なのに、家計簿では説明のつかない費用のように隠していた。

中古マンションの相談会で、担当者へ家計簿を画面共有したとき、「交際費」の詳細が開いた。

《博多座近隣ホテル》

《大阪公演プレミアム席》

《仙台往復・早割》

菜摘はすぐ閉じたが、隣の恋人は全部見ていた。

帰りのカフェで、彼が「七都市も行ってたんだ」と言った。責められる前に、菜摘は年間予算と積立額を説明した。服を衝動買いしないこと、昼食を削ってはいないこと、老後資金にも手をつけていないこと。数字を並べるほど、自分の好きなものを被告席へ座らせている気分になった。

彼は家計簿を開き、指で「交際費」を示した。

「これ、名前が違うんじゃない?」

「無駄遣いってこと?」

「逆。ちゃんと計画してるのに、何と付き合ってるか分からない名前に隠してる」

二人が検討していた駅近物件は、予算の上限ぎりぎりだった。そこに住めば、菜摘の遠征回数を減らす必要がある。

彼は一駅離れた物件を画面へ出した。通勤は十二分延びるが、毎月の差額で遠征積立を残せる。菜摘だけが何かを諦める前提ではなかった。

二人で条件を見直し、家計簿の項目名も変えた。

『舞台遠征積立』

七つの劇場名が、初めて正しい見出しの下へ並んだ。菜摘は次の大阪公演の予算を入力し、隣の欄に二人の引っ越し費用を置いた。どちらも消さずに、保存した。