封をした見積書
蛭田季子が作った見積比較表には、朝になると違う数字が入っていた。
包装資材会社の設備更新。三社の封印見積を比べ、最も条件のよい一社を役員会へ出す仕事だった。季子は原本どおり入力したが、調達部長の板屋敷征司は、彼女の候補だけ保守費を二重に加えた。
「これで十八パーセント高い。君の選定ミスだ」
「昨日の原本と違います」
「部下が数字を間違え、上司が直した。それだけだ」
季子は封筒の開封時刻と立会人を確認し、原本の数字をもう一度読み直した。間違いはない。板屋敷は彼女の電卓を取り上げ、「数字より空気を読め」と机の端へ置いた。
板屋敷は全社員の前で季子に謝罪させ、別の業者を推薦した。その業者だけ、保守費の欄が空白だった。
季子は候補三社の耐久試験も自分で見ていた。安いだけの品ではなく、交換回数まで含めれば最も費用が低い。その計算根拠も比較表へ添えたが、板屋敷はページごと抜き取った。
役員会の日、季子は資料配布から外され、廊下で待つよう言われた。
「質問されても入るな。数字に弱い担当者がいたと説明する」
会議が始まって十分後、候補から外された業者の担当者が来社した。正式な辞退理由を聞きたいという。受付が役員会へ連絡し、比較表と、業者が送った控えが並べられた。
価格は季子の入力どおりだった。板屋敷の資料だけが高い。
「先方が後から下げたんでしょう」
板屋敷は笑った。
しかし今回の見積は、入札サイトへ送信した時点で電子封印されている。監査担当が照合すると、先方の控えとサイトの原本は同じ識別値だった。
次に、役員会用PDFの編集履歴が開かれた。季子の表を板屋敷が複製し、午前六時十二分に金額を書き換えている。保守費を空欄にした業者の資料には、板屋敷だけが知る社内略号まで追記されていた。
「部長権限で比較しやすくした」
「比較ではなく改変です」
監査担当が答えた。
社長は机上の調達印を板屋敷から遠ざけ、季子が作った原本を役員全員へ配信した。
「本件の選定責任者を、板屋敷から蛭田季子へ変更します」