屋上の緑の見積書

佐伯野章吾は、ベランダの鉢植えを見るたび顔をしかめた。

「土をいじっても一円にもならない。水道代は俺持ちだぞ。誰のおかげで飯が食えてる」

桐ヶ谷杜和は、枯れかけた植物を植え替えた。夏の室温、雨水の量、虫の発生。ベランダで得た数字を毎日記録していた。

やがて近所の店舗から、屋上菜園を作ってほしいと頼まれる。杜和は造園資格を取り、建築士と組み、断熱と排水まで含めた小規模緑化事業を始めた。

章吾は、妻が園芸仲間の家へ遊びに行っていると思っていた。

ある夏、彼の勤務する商業施設で、電気代削減のための屋上緑化提案会が開かれた。予算は三億円。章吾は設備担当として、妻の会社名を見ても同姓同名だと思った。

壇上に杜和が立つ。

「桐ヶ谷グリーン設計は、屋上温度を平均十二度下げ、空調費を二割削減します」

実証済みの十施設、自治体の認証、保険契約。提案は審査で最高点を取り、五年間の保守契約も含めて採用された。

章吾は席から言った。

「家庭の鉢植えさえ枯らす人です。大規模施設は任せられません」

杜和はベランダの温度記録を表示した。枯れたのではなく、章吾が煙草の吸い殻を土へ捨てた鉢だけが傷んでいた。写真と日付も残っている。

施設長は屋内禁煙規定違反の調査を章吾へ通知した。

夜、杜和は完成したばかりの事務所へ章吾を呼び、離婚届を渡した。

「土で食えるのか?」と章吾はなおも笑った。

杜和は契約書と法人口座を見せた。三億円の工事契約、年間四千万円の保守料。社員は八人、役員報酬は章吾の給与の三倍。新居には、雨水で育つ小さな庭もある。

「あなたのお金で水をやっていたんじゃない。家事費を切り詰めて、最初の苗を買ったの」

章吾は離婚届を押し返した。

「ベランダの管理は誰がする」

「あなたが自分で。吸い殻を捨てなければ、植物は案外育つよ」

施設の取締役会が採用を正式決議し、屋上工事の着工日が確定する。

杜和が離婚届を机へ残して事務所の鍵を閉めた瞬間、金にならないと踏みつけられた土は三億円の屋上を覆い、章吾の暮らしだけが緑のないものになった。