川より高い食卓
春の増水で堤が切れるたび、河原村の孤児モコは納屋から納屋へ逃げた。村人は食事を分けてくれたが、眠る場所だけは毎年流された。
治水官ヘルガは、川沿いの古い見張り台を高床式の住居へ造り直すと決めた。だが丘側の住民から反発が出た。
「川辺のために、なぜ俺たちまで払う」
ヘルガは村の地図を広げた。
「負担は土地の広さではなく、堤が守る家屋価値の千分の三。丘の家は堤の恩恵が小さいから四分の一。畑しかない者は収穫後払い。現金の代わりに杭打ち一日でもよい。計算した評価額と負担額は全戸分を公開し、不服申立ては三日間受ける」
自分の官舎が最も高い負担になることも赤字で示した。
評価額を巡って、裕福な粉屋が「古い水車だから安い」と申告した。モコが前年の売買札を見つけ、実際の価格を示す。ヘルガは子どもの指摘でもその場で表を書き直した。粉屋は赤くなったが、罰金ではなく正しい差額だけを納めた。
「間違いを直した者まで敵にしない。次から隠させないためだ」
村人は数字を確かめ、やがて動いた。船頭は古い舟板を床材にし、農家は葦を断熱材へ束ねた。丘の石工も「四分の一なら納得だ」と階段を刻んだ。命令ではなく、自分の家がどれだけ守られるか見えたからだった。
モコは設計図を見て、食卓をもっと高い階へ移してほしいと言った。
「水が来た時、寝床だけでなく、ご飯も一緒に残っていてほしい」
そこで一階は柱だけ、二階を倉庫、三階を寝室と台所にした。避難時には近隣の子どもや老人も泊まれるよう、空き寝台の数を入口へ掲示する規則も加えた。避難者の順番は身分でなく、乳幼児、病人、川に近い世帯の順と明記した。
完成直後、夜の雨で川が膨れた。見張り鐘が鳴り、モコたちは自分の鍵で三階へ上がった。濁流は柱の半ばまで達したが、床は揺れない。
朝、村人が舟で迎えに来ると、窓から焼いた麦の匂いがした。
モコは川より高い食卓に皿を並べていた。
「十二人分あるよ。避難してきた人から座って」
新しい家の最初の朝食は、助けられた子が皆を迎える食事になった。