左右ちがうアイライン
斎賀由良の右目は、左目より少しだけ細い。
写真では分からない程度だと人は言うかもしれない。けれど由良には、鏡を見るたび最初に見つかる差だった。右だけ太くアイラインを引き、左は目尻を長くする。左右が同じに見える一点を探して、毎朝何度も描いては消した。
化粧が決まらず、電車を一本逃したこともある。遅刻の理由は寝坊にした。左右を揃えるために使った二十分を、由良は誰にも説明できなかった。
消すたび、まぶたは赤くなる。その赤みを隠すためにまた化粧が厚くなった。
金曜の夜、友人と小さなライブへ行く約束があった。退勤後、会社の化粧室で右目を直す。線が一ミリ上がりすぎた。綿棒にクレンジングを含ませ、消す。今度は左より短い。
開演まで四十分。駅まで十五分。由良は時計を見ながら、五回目の線を引いた。
スマートフォンに《先に入ってるね》と届く。責める文ではなかった。それでも由良は、整っていない顔で会う言い訳を探した。電車が遅れたことにする。仕事が長引いたことにする。
六回目を消したとき、右のまぶたが沁みた。鏡に近づくと、皮膚が薄く擦れている。左右を揃えるために、右目だけが傷んでいた。
両目を完全に同じにすることはできない。それでも由良は、片方を痛めれば近づけると信じていた。今日の鏡は、近づいた距離ではなく増えた赤みを映していた。
由良はアイライナーの蓋を閉めた。
線は左右で違う。片方は少し上がり、片方は途中で細くなる。そこへマスカラを重ねればごまかせる気もしたが、由良は何も足さず、化粧ポーチを鞄へ入れた。
ライブハウスは暗く、ステージの光で客の顔は青や赤に変わった。友人は場所を一人分空け、由良が来るとスマートフォンの時刻を見せた。開演三分前だった。
演奏が始まると、由良は何度も目を細めた。照明が眩しかったからだ。涙が少し出て、左右のラインはさらに違う形になった。
終演後、化粧室には寄らなかった。駅のホームの黒い窓に自分が映っても、確認は一度でやめた。
左右の違う目で、同じ電車の到着表示を見ていた。