帽子の中の全財産
奇術師・鳴神ミロの葬儀後、親族は舞台袖へ集められた。
弁護士は黒いシルクハットを中央に置いた。
「遺言には〈全財産はこの帽子の中にある〉と」
甥の朔也が目を細めた。
「二重底だ」
弟子のエマリは首を振る。
「先生は三重底まで使います」
姉の冴子は帽子を持ち上げた。
「軽い。宝石か貸金庫の鍵ね」
「軽さで宝石の有無が分かるなら鑑定士になれる」
「あなたよりは向いてる」
空港の手荷物検査に持ち込む案も出たが、弁護士が止めた。
「説明欄に何と書くんです」
「中身不明の全財産」
「その時点で別室へ呼ばれます」
「では病院でCTを」
「帽子に保険証はありません」
「自由診療で」
「財産発見前に財産を減らさないでください」
全員が帽子の周囲へ座った。
「切り開くしかない」と朔也。
「先生の形見を壊す気?」
「財産を取り出すためだ」
「財産が帽子そのものなら価値が落ちる」
「では逆さに」
「先に出た物を誰が取る?」
「落ちた方向の人」
「床へ落ちたら床の相続?」
「劇場の持ち主が喜ぶだけよ」
弁護士の立会いで、三人同時に帽子を傾けた。
白い鳩が飛び出した。
「生き物?」
「鳩の腹に鍵を飲ませたのかも」
「動物虐待まで相続するな!」
次に赤い布、造花、トランプ、銀の輪が次々にあふれた。どう考えても帽子の容積を超えている。
朔也が青ざめた。
「空間圧縮だ。叔父は物理法則を遺した」
エマリが胸を張った。
「先生の最高傑作です」
冴子は布をかき分けた。
「法則は売れるの?」
「特許を取れば」
「すでに公開実演してる」
「では営業秘密が漏洩している!」
最後に大きなウサギが飛び出し、客席へ駆けた。首輪に小さな金の鍵が下がっている。
全員が追いかけた。
「私が餌をやっていた!」
「私は足が速い!」
「相続資格を運動会で決めるな!」
ウサギは舞台を三周し、弁護士の膝へ飛び乗った。鍵の札には〈駅前貸金庫二〇七〉。
親族は息を切らしながら歓声を上げた。
弁護士が帽子の内側をめくると、もう一枚の紙が貼られていた。
〈金庫の中身は、ウサギの生涯飼育費〉
全財産は、本当に帽子から出た。