幸福な事故物件

茅野朔也は、売れない家に記憶を飾る仕事をしていた。

空き家の壁へ、かつての住人が売った幸福な体験を埋め込む。内覧客が玄関を開けると、子どもの笑い声や夕食の匂いが脳へ流れ込み、「ここで暮らしたい」と感じる仕組みだった。

朔也は事故物件専門だった。孤独死や事件の痕跡を、別の家族の誕生日、合格発表、金婚式で塗り替える。罪悪感はなかった。人は壁紙と同じように、過去も張り替えて住むものだと思っていた。

郊外の一軒家だけは、持ち主不明の記憶が壁に残っていた。

若い夫婦と娘が食卓を囲み、毎晩「今日も三人」と唱える。穏やかで、商品にすれば高値がつく幸福だった。朔也は抽出を試みたが、管理AIは「記憶ではなく居住者の一部」と警告した。

その夜、彼は家に泊まった。

夢の中で、自分は父親だった。妻が味噌汁をよそい、娘が学校の話をする。目覚めると、台所に三人分の食器を並べていた。帰宅しても自分の部屋がよそよそしく感じ、翌日からその家へ通うようになった。

調査すると、二十年前、家族三人は失踪していた。事件記録には「父親が妻子を殺害後、自死」とあったが、遺体は見つかっていない。

朔也は壁の深層記憶を再生した。

食卓の父親は毎晩、家族へ幸福だった一日だけを移植していた。妻が逃げようとした記憶も、娘が助けを求めた記憶も買い取り、代わりに笑顔の夕食を上書きした。最後には三人とも、自分たちが閉じ込められていることを忘れた。

記憶の終わりで、父親が朔也を見た。

『四人なら、もっと幸せだ』

朔也は家へ火を放った。炎の中から娘の笑い声が聞こえ、足は何度も戻ろうとした。彼は自分の幼少期の記憶――誰もいない食卓――を再生し、孤独の痛みを握りしめて外へ出た。

会社は貴重な商品を失ったとして彼を解雇した。

今、朔也は記憶装飾をすべて剥がす仕事をしている。空っぽになった家を見て、客が怖がることもある。

それでも彼は言う。

「寂しい家は、寂しいと分かるほうが安全です」

幸福に見える過去より、これから誰と暮らすかを選べる空白のほうが、彼には温かかった。