廊下の最後の電球
葛西潤は、暗い廊下を好んだ。
帰宅が深夜でも照明をつけない。二年前の事故で弟を亡くしてから、明るい家へ帰ると誰もいないことが際立つ、と一度だけ話した。
ある週、廊下の電球が玄関側から順に切れた。古い配線のせいかと思ったが、単なる寿命だった。大庭玄が脚立と新しいLED電球を買ってきた。
「一番奥、お前の部屋の前からやる」
「そこは切れてない」
「切れる前に替える」
潤は部屋へ入ろうとしたが、玄が脚立を押さえさせた。天井が低く、二人なら数分で終わる。
一本目を外す。熱の残った電球を潤が受け取り、新聞紙で包む。二本目、三本目。白い光が少しずつ廊下を延びていく。
「明るすぎる」
「前が暗すぎた」
「電気代」
「LEDだ」
「そういう問題じゃない」
玄は脚立の上で手を止めた。
「じゃあ、何の問題か説明しろ」
「帰った瞬間、誰かいると思う」
「いるだろ。だいたい俺が台所でカップ麺食ってる」
「寝てる日もある」
「その日は照明がいる」
潤は笑わなかったが、脚立を離れなかった。
最後は玄関灯だった。人感センサー付きに交換すると、外から帰るたび自動で点く。潤は反対した。
「勝手に迎えられるみたいで嫌だ」
「じゃあ感度を下げる。門の外では点かない。鍵を挿す位置で点くようにする」
玄は養生テープで立ち位置を床に印した。潤が外へ出て、新聞配達、酔客、終電帰りと歩き方を変えて試す。二人で何度も玄関を出入りした。早すぎれば隣家の猫に反応し、遅すぎれば鍵穴が見えない。センサーを少しずつ傾け、七回目でちょうどよくなった。
夜、玄は早番で先に寝た。潤が午前一時に帰ると、門は暗いままだった。三歩進み、鍵を出した瞬間だけ玄関灯がつく。
廊下の奥まで、交換した電球が一直線に光っている。誰も起きてこない。けれど台所の炊飯器には保温ランプがつき、横に茶碗が伏せてあった。
潤は玄関灯のスイッチを切らず、靴を脱いだ。翌朝、共有アプリの電気当番へ自分の名前を入れた。備考欄には〈玄関灯は常時オン。勝手に切らない〉と書いた。