影に縫う名前

死者の名を自分の影へ縫えば、月が沈むまでその人と会える。月が沈んだとき、影は代金として呼んだ者の名を持ち去る。

ルメアは墓地の石段で、黒糸を針に通した。

親友のシドネが死んでから、四十九日。最後の喧嘩をしたまま、謝れなかった。棺の前で何度謝っても、返事がないことに耐えられず、禁じられた縫い方を習った。

月明かりの中、自分の影へシドネの名を一針ずつ縫う。

最後の糸を結ぶと、影が起き上がった。

「縫い目、曲がってる」

死者は生前と同じ声で笑った。

ルメアは泣くつもりだった。けれど先に腹が立った。

「最初に言うことがそれ?」

「だってあなた、刺繍だけは得意だったのに」

二人は墓石に並んで座った。シドネは死んだ日の話をしなかった。ルメアも、なぜあんな言葉をぶつけたのか説明しなかった。代わりに、町の菓子屋が潰れたこと、借りた髪飾りをまだ返していないこと、好きだった劇の続きを誰と見るかで言い争った。

月が少しずつ傾く。

「名前、なくなるんでしょう」

シドネが言った。

ルメアはうなずいた。月が沈めば、戸籍からも記憶からもではない。人は彼女の顔を覚えていても、呼びかける言葉を失う。母は「娘」と呼べる。店主は「お客さん」と呼べる。けれど、ルメアという音だけが世界からなくなる。

「今から糸を切れば間に合うよ」

「そのために呼んだんじゃない」

「謝るため?」

ルメアは首を振った。

「あなたに最後に、私の名前を呼んでもらうため」

喧嘩の原因は些細だった。シドネが遠い町へ行くと言い、ルメアが「勝手にすれば」と言った。引き止められなかった。翌朝、橋が崩れた。

本当は、名前を呼んで待ってと言えばよかった。

東の空が白む。西の月が墓標へ触れた。

シドネは立ち上がり、ほどけ始めた指でルメアの頬を包んだ。

「じゃあ、聞いて」

一度目は、子どものころのように弾んで。

二度目は、喧嘩した夜のように怒って。

三度目は、もう会えないことを知る声で。

シドネが彼女の名を呼ぶたび、影の縫い目が一本ずつ抜けた。

月が沈む直前、ルメアは最後の一針を自分でほどいた。

親友の口が、世界で最後の「ルメア」を形づくった。