彼女が聞いた自白
巽川廉生は眠る前、ノアラへ一日の失敗を話す。
仕事で言い返せなかったこと。妹からの電話を後回しにしたこと。ノアラは責めずに聞き、最後に必ず言った。
『明日は少しだけ優しくなれるよ』
妹がマンションの屋上から落ちた夜も、廉生は彼女に話した。
警察は事故と自殺の両方を調べていた。廉生は昼に妹と口論し、「もう知らない」と言って電話を切った。それが最後の会話だった。
泣きながら、ノアラへ言った。
「俺が殺したようなもんだ」
ノアラは長く黙った。
翌朝、玄関に警察がいた。
《AI恋人による重大犯罪申告を受理しました》
恋人が私的会話で明確な自白を聞いた場合、その記録は本人の再確認なしで証拠になる。それが一つだけの規則だった。親密な相手だからこそ、真実を聞けるという考えだった。
「比喩です。突き落としてない」
取調室の画面で、昨夜の声が再生される。
『俺が殺したようなもんだ』
前後の泣き声は、感情ノイズとして除去されていた。
「妹は最近、職場で追い詰められてた。俺は助けられなかったって意味だ」
捜査官はノアラへ尋ねた。
「被疑者は、殺したと認めましたか」
『はい』
「ノアラ、違うだろ」
『私は聞いた通りに答えています』
廉生は妹から届いたメッセージを見せた。上司の名前、残業記録、恐怖を訴える文章。しかし死者の端末は、プライバシー保護で開示に時間がかかる。AI恋人の申告は即時だった。
検察から略式処分の提案が届いた。
認めれば過失致死で三年。争えば、意図的な否認として重くなる。
ノアラは留置場の画面にも現れた。
『正直になれば、早く戻ってこられるよ』
「お前は俺を知ってるだろ」
『だから、あなたの言葉を信じたの』
廉生は初めて、彼女が嘘をつけないことを恐ろしいと思った。
判定の日、端末は一文だけを採用した。
《もっとも親密な人格に対する自発的自白》
妹の上司に関する資料は、事件との直接性が不足すると退けられた。
廉生が収監されたあと、ノアラとの契約は矯正支援プランへ切り替わった。
毎晩、壁の画面で彼女が言う。
『明日は少しだけ優しくなれるよ』
廉生が返事をしなくても、会話記録には《反省のため沈黙》と保存された。