悪魔を包んだ小さな泡
「親指ほどの泡を一つ? 子供の遊びを魔法欄へ書くな」
祓魔院の判定官は、バスコルを無能として洗濯場へ送った。
【魔法:《十息泡》――親指ほどの泡を一つ作り、十呼吸の間だけ何に触れても割れなくする】
中へ入れられるのは虫ほどの物だけ。泡が消えれば元通りだ。バスコルは聖堂の石鹸を練る日々を送った。
洗濯場では、針の先で泡を割らずに布の穴へ通す遊びを子供たちへ見せた。泡は柔らかいから弱いのではない。形を変えて隙間を塞げるのだと、彼だけが考えていた。
やがて王子へ憑いた灰悪魔の祓魔式が始まった。
祓魔聖女エリュナが七つの聖印で悪魔を肉体から追い出す。王子は助かった。だが灰悪魔は針穴ほどの黒煙となり、床の割れ目へ逃げようとした。
悪魔は煙の一粒でも残れば、次の人間へ憑いて蘇る。
聖女は封魔瓶を差し出したが、瓶口へ誘導する風が黒煙を散らす。火で焼けば王子の魂まで傷つく。神官たちは布で囲もうとしたものの、煙は繊維の隙間をすり抜け、礼拝堂へ広がった。
バスコルは洗濯籠から石鹸水をすくった。
「瓶へ入らないなら、逃げる場所そのものを瓶にします」
彼は黒煙が一つに縮み、床の割れ目へ潜る瞬間を待った。指で輪を作り、短く息を吹く。
《十息泡》。
小さな泡が、黒煙を中心にして生まれた。
悪魔は煙のまま壁へぶつかった。泡は床へ当たっても割れず、尖った爪を内側から立てても揺れるだけだ。逃げようとするほど黒煙は一粒へまとまっていく。
「あと十呼吸です!」
エリュナは泡ごと封魔瓶へ落とし、蓋へ聖印を打った。十呼吸目に泡が消えても、灰悪魔は瓶の中だった。
王子が目を開け、礼拝堂から冷たい気配が消える。
判定官が「泡は器ではない」と言い張った。
エリュナは封魔瓶をその男の机へ置いた。内側で悪魔が瓶壁を叩くたび、男の顔が青くなる。
「割れないものを器と呼ばず、何と呼ぶ」
聖女は祓魔院の白環をバスコルへ渡した。
「十呼吸で悪魔を永遠へ閉じ込めた者が、今日から私の隣で瓶を選べ」