戦場の剣牙猫は矢を抜かせる

休戦の角笛が鳴る直前、戦場へ剣牙猫が現れた。

口元から二本の銀牙を伸ばす猫型魔獣。どちらの軍にも属さず、血の匂いに狂って兵を狩ると語られている。

両軍は一斉に盾を上げた。

野戦炊事係のユハンは、煮豆の鍋を抱えたまま猫を見た。剣牙猫は敵陣にも味方陣にも飛びかからない。地面へ腹をつけ、右肩をしきりに噛もうとしている。

毛の奥に、折れた矢羽が一本だけ見えた。

「人を襲いに来たんじゃない。矢を抜いてほしいんだ」

隊長は「囮だ」と笑った。ユハンは兵士ですらない。だが、火傷や包丁傷を処置するための布と酒なら持っている。

鍋を置き、剣牙猫へ近づいた。

猫は牙を鳴らした。銀色の衝撃が地面を走り、ユハンの靴先で亀裂が止まる。

「怖いよ。だから、おまえも怖いんだろう」

彼は背を向けず、煮豆を木皿へよそった。猫が匂いを嗅ぐ。肉ではないと分かると顔を背けたので、ユハンは思わず笑った。

「好き嫌いする元気はあるな」

保存肉を豆の上へ一枚だけ載せると、猫は皿ごと舐めた。その間に肩を見る。矢には両軍どちらの印もない。戦を長引かせたい武器商人の私兵が使う黒羽だった。

ユハンは矢柄を短く切り、傷口へ酒を注いだ。猫が咆哮し、両軍の兵が剣を抜く。

「下げろ! こいつは俺を噛んでいない!」

料理係の一喝に、なぜか全員が止まった。

返しを小刀で割り、矢尻を抜く。血を吸う布を替え、肩へきつく巻く。剣牙猫は最後まで身じろぎせず、終わるとユハンの頬をざらりと舐めた。

その額から交差する牙の印が浮かび、彼の木杓子へ刻まれる。直後、猫は黒羽の矢が飛んできた丘へ向けて一声鳴いた。隠れていた私兵たちの武器だけが真二つに折れ、休戦を妨げた者の姿が露わになる。

両軍がどよめく中、剣牙猫はユハンの隣へ戻り、無傷な側の肩を膝へ預けた。硬そうな毛は撫でると短く密で、炊事場の古い毛布に似ていた。傷ついた巨体の重さは腿を押し潰しそうなのに、そこから伝わる熱は、冷めかけた鍋よりずっと穏やかだった。