押さえゴムの一周
哲平が久しぶりに父の家へ行くと、奈津が破れた網戸を外していた。
父はゴルフで不在だった。
「頼んだのはあの人なのに」
奈津は笑いながら、古い網を床へ広げた。父の再婚相手になって一年。哲平より十二歳上なだけで、会話のたびに互いの立場を測っている。
破れたのは二階の六畳間だった。哲平が高校まで使っていた部屋だが、今は段ボールが積まれている。
「ここなら網戸いらないでしょう」
「窓を開けるかもしれない」
「誰が」
「あなたが」
哲平は聞かなかったふりをして、押さえゴムを外した。溝には埃が詰まり、古い鉛筆の芯まで挟まっていた。机の下からは、哲平が高校時代に失くした生徒手帳の写真も出てきた。奈津は顔を見ようとせず、裏返して机の上へ置いた。
奈津が掃除機をかけ、哲平が新しい網を張る。網を大きめに切る役を奈津が、余りを押さえる役を哲平が受け持った。強く引きすぎると枠が歪み、弱いとたるむ。二人で対角線を少しずつ押さえた。
「お父さん、あなたの物を捨てようとしないの」
「面倒なだけですよ」
「そうかも。私に片づけさせようとするから」
「それは父さんらしい」
二人の意見が初めて一致した。
余分な網をカッターで切ると、端が一か所だけ波打った。奈津はやり直そうとしたが、哲平は「虫は入らない」と止めた。
「完璧じゃなくても、使える」
自分に言ったように聞こえた。
段ボールを壁際へ寄せ、窓を開けた。新しい網戸を通して、夏前の風が入る。どこかで草刈り機が鳴っていた。
奈津は押し入れから薄い布団を出し、日に当てるため窓辺へ広げた。
「客用?」
「この部屋用」
「俺、泊まるって言ってない」
「干すだけなら困らないでしょう」
哲平は工具を片づけた。机の引き出しに、替えの押さえゴムとカッターを入れる。次に破れたとき探さなくて済むように。
帰り際、奈津が「窓、閉める?」と聞いた。
哲平は網戸の軽い音を確かめ、首を振った。
「夕方まで風、通しといて。布団が冷める前に、また見に来ます」
それが今日なのか別の日なのか、決める必要はなかった。