指輪を外した写真

紫乃は、披露宴の集合写真まで左手の指輪を外せなかった。

半年前に離婚した。元夫の壮悟とは、怒鳴り合いも裏切りもなく別れた。二人で暮らす未来を想像するたび、どちらかが自分を小さくしていることに気づいただけだった。

友人の妃鞠には伝えてある。けれど大学時代の仲間には、まだ言えていない。今日の式で聞かれると分かっていたから、紫乃は結婚指輪を箱から出し、薬指にはめてきた。

「旦那さん元気?」

「次は子どもかな?」

「今日は一人? 仕事?」

質問には、笑って短く答えた。嘘はついていない。ただ、相手が誤解する方向へ言葉を置いた。

新婦の妃鞠は、歓談中に紫乃の手を見た。何も言わず、テーブルの下で一度だけ膝をつついた。

集合写真の直前、元夫からメッセージが届いた。

〈名字を戻す手続き、期限近いけどどうする? 仕事では今の姓の方が楽だよね〉

離婚後も、紫乃は壮悟の姓を使っていた。名刺もメールアドレスも変えずに済む。指輪を外し、姓を残せば、生活の表面はほとんど揺れない。

別の通知が届く。妃鞠からだった。

〈説明したくないなら、しなくていい。でも、隠すために痛いものを着けなくていいよ〉

指輪は少しきつくなっていた。外すと、皮膚に白い線が残った。

「皆さん、もう少し中央へ寄ってください」

カメラマンの声がする。

紫乃は指輪をバッグへしまった。隣の友人が薬指を見て、何かを尋ねかける。

「離婚したの」

自分から言うと、空気が一瞬だけ止まった。慰めの顔、驚いた顔、視線をそらす顔。予想したものが全部来た。

紫乃は続けた。

「それで、旧姓に戻す。来月から名刺も変わるから、よろしく」

元夫への返信にも、同じことを書いた。仕事で困る。説明も増える。長く使った姓を捨てるのは、結婚生活まで失敗の箱へ入れるようで寂しい。

それでも紫乃は、別れたあとに残す名前まで惰性で決めたくなかった。

写真の合図で、全員が前を向く。薬指の白い線は消えていない。

紫乃は手を隠さず、花嫁の肩に置いた。