採取袋に神獣の署名
榛名小春は、冒険者登録の使役試験で灰色狼の前へ立たされた。
低級の魔獣に命令を一つ聞かせれば合格。だが小春が契約石へ触れても光は灯らず、狼は欠伸をした。
「能力なし。獣にも相手を選ぶ知恵くらいあるらしい」
獣使いの試験官が笑い、狼の鎖を短く引いた。
小春には、狼の頭上へ《退屈》《空腹》《帰りたい》という気持ちが見えていた。それとは別に、自分の視界へ一枚の半透明な札が浮かぶ。
《一席招待》
生き物一体を、一度だけ仲間として招待する。受けるかどうかは相手が決める。
無理やり従わせる力ではない。目の前の狼を誘っても、たぶん断られる。小春はその不便さを、むしろ好きだと思った。
試験官は次の命令を促した。
「ほら、伏せと言え。聞かなければ不合格だ」
小春は狼ではなく、開け放たれた窓の向こうを見た。街の北には大森林があり、その奥から、召喚された瞬間からずっと温かな視線を感じている。
招待先の一覧を開く。
《灰色狼》
《厩舎の馬》
《屋根裏の小鳥》
《名を隠す森の王》
小春は最後の一行を選び、《一席招待》を使った。
招待札が光の蝶になって窓から飛ぶ。
しばらく何も起きなかった。試験官が噴き出した、その直後。
大森林の木々が一斉に頭を垂れた。
街の外壁より大きな白い獣が、音もなく広場へ降り立つ。鹿の角、獅子の脚、鳥の翼を持つ神獣。数百年姿を見せず、王国が国章にだけ描いてきた森の主だった。
建物が揺れるほどの顔が窓へ近づく。
神獣は小春を見つけると、嬉しそうに目を細めた。巨大な前脚の先から光だけを小さく切り取り、彼女の採取袋へ肉球の印を押す。
《招待を受諾しました》
《役割希望・荷物持ち》
灰色狼が腹を床につける。試験用の魔獣だけでなく、厩舎の馬も、屋根の鳥も、街じゅうの獣が同じ方角へ伏せた。
獣使い総長が二階から転げるように下りてきて、神獣の印を見た瞬間、帽子を脱いだ。
小春の前に差し出された登録票には、使役数一とだけ記された。
その一の意味を笑える者は、もうどこにもいなかった。