採点室の九十秒
戸川瀬澄羽の化学試験は、六十八点から零点へ変わった。
答案の後半に、模範解答と同じ文章が追加されていたからだ。採点後に職員室へ忍び込み、書き足して点数を上げようとした――それが村雨坂瑛里教諭の説明だった。
「防犯カメラには、あなたが職員室前を通る姿もある」
澄羽は科学部の鍵を返しに行っただけだと答えた。だが教師は、停学を軽くするための自白書へ署名を求めた。
澄羽は自分の答案を指した。
「追加された文字だけ、筆圧が違います」
彼女は試験で、筆圧を記録できる学校貸与のデジタルペンを使っていた。理系選抜授業の答案分析に使う試験運用で、書いた時刻と筆圧が端末へ保存される。
元データでは、澄羽の記入は試験終了の十二時ちょうどで止まっていた。問題の文章は、午後四時十八分から十九分三十秒までの九十秒間に書かれている。ペンも澄羽のものではなく、採点室の共用赤黒ペンだった。
村雨坂は、システムの誤作動だと言った。
副校長が採点室の映像を開く。
午後四時十八分。村雨坂が澄羽の答案を取り出し、黒ペンで文章を書き足していた。隣には、評定一位を争う生徒が立っている。生徒は時計を見ながら、廊下へ人が来ないか確認していた。
音声はなかった。だが採点室のドアには入退室カードの記録がある。村雨坂とその生徒のカードだけが、九十秒間同時に室内へ入ったことになっていた。
さらに澄羽の本来の点数は六十八点ではなかった。村雨坂が正答二問へ誤った減点をし、九十一点を六十八点へ変えていた。別の教員が再採点すると、学年最高点だった。
生徒は泣きながら、先生に「推薦枠を守るため」と言われたと認めた。
村雨坂は採点業務を停止され、推薦資料もすべて再調査となる。澄羽の自白書はその場で破棄された。
副校長が成績データを九十一点へ訂正する。
更新時刻は午後四時十八分から、わずか九十秒後だった。
犯人が答案へ嘘を書き足すのに使った時間と同じ九十秒で、澄羽の零点は消え、村雨坂の処分だけが確定した。