敵を癒やす白魔法

「イクマ、回復を!」

 騎士の体力が赤く点滅する。郁真は杖を振った。

 白い光は騎士を素通りし、床に倒れた魔女王へ吸い込まれた。

「また敵を治したぞ!」

 怒号が飛ぶ。

 郁真の白魔法は、味方を選べない。

【慈悲の光】

【範囲内で最も体力割合の低い対象を回復する】

 対象を選べない魔法は欠陥扱いされ、郁真は何度もパーティを追放された。それでも混戦で見落とされた者へ自動で光が届くため、彼は使い続けた。《味方》ではなく《最も傷ついた者》を探す。その曖昧さが、今まで何人もの知らないプレイヤーを救ってきた。

 魔女王は残り一パーセント、騎士は三パーセント。だから光は敵へ行く。単純な仕様だった。

「魔女を範囲外へ出せ!」

 だが王は鎖で祭壇につながれ、動かせない。郁真が回復しなければ騎士が死ぬ。回復すれば王が延命し、戦闘が終わらない。

 仲間たちは郁真の杖を奪おうとした。

 そのとき彼は、魔女王の顔から黒いひびが一筋消えたことに気づいた。攻撃を受けるたび増え、回復するたび減っている。ひびの下には、泣いている少女の顔があった。耳を澄ますと、呪文詠唱に混じって「治して」と同じ言葉が繰り返されている。攻撃の声ではなく、助けを求める声だった。

「もう一回、攻撃を止めてくれ」

「正気か!」

 郁真は騎士を祭壇の外へ突き飛ばした。範囲内で最も傷ついているのは魔女王だけになる。慈悲の光を重ねるたび、黒い角がほどけ、鎖が薄くなる。

 王が体力満タンになった瞬間、最後のひびが剥がれた。

 そこにいたのは、チュートリアルで行方不明になった治癒師NPCのフィアだった。彼女を包んでいた黒い殻だけが、空の体力表示を残して崩れる。

「敵を回復するなんて、攻略本にはなかったぞ」

「敵だって表示を、俺たちが信じただけだ」

【ボス《魔女王》の体力が最大値に達しました】

【討伐対象《魔女王》は存在しません】

【隠しクエスト《傷をなくして倒す》達成】

【封印されていた治癒師フィアをパーティへ復帰させます】