既読にならないハーモニー

【混声合唱団・四年生】

22:14 鷹取素子

顧問から返事。新入団員ゼロなので、今年度末で解散。ピアノは音楽棟へ返却。

22:16 安居院岳人

了解。

22:18 楯岡玲

了解、で終わるの?

三人はそれぞれの部屋で、同じ無音を聞いていた。感染症で練習が途切れ、再開した時には声を合わせる習慣だけが戻らなかった。団員名簿は三人。混声と呼ぶには、足りない声ばかりだった。

22:21 素子

最後に歌う? オンラインでも。

22:22 岳人

遅延で合わない。

22:22 玲

四年間それ言って、結局一度もオンライン合唱しなかったね。

素子は来月、ウィーンの音楽学校へ行く。声楽家を目指すが、学費のためにホテルで働く。

22:25 玲

本当に歌で食べるんだ。

22:26 素子

食べられないから働くんだよ。

岳人は翻訳会社へ入る。歌詞の意味を調べるのが好きだったが、自分の声は最後まで好きになれなかった。

22:28 岳人

言葉だけなら、音程を外さない。

玲は葬祭会社の司会になる。面接で「人前で声を出せます」とだけ言い、合唱の話はしなかった。

22:30 素子

玲の声、見送る仕事に合うと思う。

22:31 玲

褒められてる気がしない。

22:32 岳人

合唱も、見送る歌が多い。

玲が怒ったスタンプを送り、そのあと泣くスタンプを送った。

素子はスマートフォンにイヤホンをつなぎ、最後の和音の基準音を送った。岳人が低音、玲が中音、素子が高音を録音し、順番に重ねる計画だった。

22:39 岳人

録った。

22:42 玲

私も。

22:47 素子

ごめん、声が出ない。

誰も「泣いてる?」とは聞かなかった。代わりに岳人が、自分の低音だけの音声を送った。玲も続けた。二つの声は別々に再生され、和音にはならない。

22:54 素子

明日、必ず送る。

22:55 玲

明日、グループ閉じるよ。

22:56 素子

じゃあ朝。

翌朝六時、素子から三秒の音声ファイルが届いた。息を吸う音だけで、歌は入っていなかった。

岳人は既読をつけた。玲のアカウントは、夜のうちに退出していた。

正午、グループは閉鎖された。最後の音声には既読が一つしか並ばず、三人で作るはずだった和音の一番高い声だけが、いつまでも再生されなかった。