明日付の遅延証明
最終電車が三分遅れるたび、周防景の遅延証明書には明日の日付が印字された。
午後十一時五十九分発。事故調査委員会の公聴会は翌朝九時。景は二年前の列車火災で唯一生き残った整備士だった。手には、非常電源の欠陥を示す部品と、駅員にもらった白い証明書。
「ご迷惑をおかけしております」
放送から五分後、終点の改札で証明書を見せる。駅員は未来の日付を指して首を振る。すると発車ベルが鳴り、景はまた同じ座席へ戻った。
一周目は証明書を捨てた。ポケットから新しい一枚が出た。
二周目は時計を三分進めた。車内の時計も追いついた。
三周目、向かいの制服姿の男が言った。
「あなたが乗っている限り、列車は明日になれません」
男の胸章には、火災で死んだ車掌の名がある。
事故の日、景は点検表に異常を書いた。だが会社はその一行を消し、代わりに「整備士の操作ミス」と発表した。景が公聴会で原本を出せば覆せる。しかし原本の時刻は、火災発生の三分後になっていた。避難誘導中に書き足したからだ。会社はそれを捏造と呼ぶつもりだった。
制服の男が遅延証明書を裏返す。そこには小さく、終了条件が印刷されていた。
〈矛盾する生存記録を一件削除すると、運行時刻を確定できます〉
この列車は事故記録の矛盾を運んでいる。死者名簿では景も死亡扱いなのに、彼は生きて証言しようとしている。明日の日付は、制度が彼を存在しない人間として拒んでいる印だった。
「記録を直せばいい」と景は言った。
「誰の記録を?」
会社の名簿を直すには、証拠保全命令が必要だ。公聴会には間に合わない。今ここで消せるのは、乗客名簿にある自分の名前だけだった。
景は証明書の裏に、住所、口座、資格番号を書いた。残したいものを並べるほど、紙が重くなる。最後に部品の管理番号を書き、証拠保全サーバーへ送信した。
それから車掌の端末で、乗客〈周防景〉を削除した。
「ご迷惑をおかけしております」
「本当に迷惑ですね」
景が笑うと、証明書の日付が今日へ戻った。最終電車は三分遅れのまま終点へ着く。
改札は開いたが、交通系カードは「登録なし」と鳴った。スマートフォンの契約者名も空白。公聴会へ行っても、証人として入館できないだろう。
景は白い遅延証明書だけを封筒に入れ、委員会宛ての郵便受けへ落とした。差出人欄には、もう書ける名前がなかった。