星五つで店を閉じる
二十三時四十八分、早瀬征矢の店用端末に通知が届いた。
〈五十四歳の君より。二十三時五十五分、十七番の客へ焦がし醤油を出せ〉
父から継いだ十二席の食堂。閉店七分前、十七番の食券を持つ男がカウンターへ座った。机に古い真鍮貨を置き、言う。
「星は味だけにつける」
料理評論サイトの覆面審査員だった。征矢は通知どおり、鍋肌で醤油を焦がした炒飯を出す。煙の甘苦い匂い、卵が弾ける音、鉄鍋の熱。男は一口食べ、星五つを投稿した。画面に「全国展開決定」と未来記事が開いた直後、油の音が巻き戻った。
〈十七番の客へ焦がし醤油を出せ〉
「星は味だけにつける」
二度目は米を十秒長く焼いた。三度目は胡椒を減らした。差分ごとに評価文は変わるが、星五つが確定すると二十三時四十八分へ戻る。未来の自分は、火力、鍋を振る回数、真鍮貨の向きまで送ってきた。
〈成功条件:星五つと「また来たい」の一文〉
十三回目、征矢はその一文まで得た。未来映像では店が三百店舗へ増え、五十四歳の自分が上場式で鐘を鳴らしている。けれど創業店は「非効率」として取り壊され、父の鉄鍋は企業博物館のガラスケースに入っていた。調理員はタイマーに合わせて鍋を振り、焦がし醤油の香りは工場製の液体で再現される。
星は味だけにつく。未来の自分は、味以外のすべてを売ったのだ。
十四回目。男が真鍮貨を置く。
「星は味だけにつける」
征矢は炒飯を作った。今までで最も香ばしく、米粒は軽くほどけた。男が箸を伸ばす前に、皿の横へ代金を返す。
「今日は客として食べてください。審査は受けません」
店用端末から評論サイトの登録を削除し、翌月に予定されていたチェーン契約へ辞退を送る。借入金の一括返済条項が発動し、この店も月末には明け渡すことになる。
未来から通知が三度震えた。
〈星五つを取れ〉
〈父親の店を残せる〉
〈閉めたら何も残らない〉
征矢は入口の札を〈営業中〉から〈本日で閉店〉へ返した。
二十三時五十五分。男は評価画面を閉じ、黙って炒飯を食べた。星は投稿されない。時計は五十六分へ進む。
空になった皿の横で、真鍮貨だけが湯気に曇っていた。征矢はそれを代金として受け取り、父の鉄鍋を火から下ろした。