星見台の月一便

星見キリは、星を見る仕事を辞めてから、ようやく夜に眠れるようになった。

王立天文台の濃紺の外套は、望遠鏡の縁で肩が擦れ、内ポケットには夜番札が何十枚も残っている。彗星、流星、凶兆。空が何かをするたび緊急呼集され、夜明けには報告書を書いた。

退職金で買った星見台領は、月に一度だけ資源を生む。

新月の夜、丘の黒い石が空から落ちる微かな星砂を吸い寄せる。朝には石像の羊が砂を背の袋へ集め、魔導具工房の転移門へ運ぶ。工房との定期契約が計量と支払いを済ませるため、キリは新月さえ起きている必要がなかった。

最初の朝、枕元の小札に表示された。

〈星鉄砂九袋、月次納品完了。領地維持費を除く今月分を入金しました〉

かつての月給より少ない。それでも一か月、夜を自分のものにできる。

新月の晩、キリは収穫を見届けようと外套を着た。けれど丘へ出る前に欠伸が出て、試しに寝台へ入った。朝まで一度も起きず、目覚めると石羊の足跡だけが転移門まで続いていた。観測しなくても星砂は落ち、記録しなくても月は巡る。自分が見張らなければ空が止まるような思い込みを、丘の静かな朝が笑ってほどいた。眠っている間にも、世界は十分に回る。

昼過ぎ、天文台長から緊急通信が来た。

『今夜、百年ぶりの尾長彗星が出る。観測主任として戻れ』

「主任ではありません」

『名誉なことだ。記録に名が残る。謝礼も用意する』

キリは窓際の望遠鏡を見た。買ってから一度も空へ向けていない。見る義務のない星を、見たい日に見るためのものだった。

「記録に名が残らなくても、私は困りません」

『学者が彗星を見逃すのか』

「今夜は眠ります」

『二度とない夜だぞ』

「私の今夜も、二度とありません」

通話を切り、緊急通知を朝まで停止した。

夕暮れ、尾長彗星を待つ人々が遠い街で鐘を鳴らし始めた。キリは寝台へ入り、厚い遮光幕を閉める。

空では百年ぶりの光が流れたのだろう。けれど彼女はそれを知らず、十年ぶりに夜通し夢を見た。