曇り硝子の遠眼鏡
ティルマナの磨く硝子は、少し曇って見えた。
遠眼鏡店では、鏡のように光るレンズほど高級とされた。彼女の品は展示映えせず、測量器の奥へ組み込まれるだけ。売上寄与は5%。店主は曇りを指でこすり、吐き捨てた。
「磨き残しを職人技と呼ぶな」
ティルマナは研磨布を畳んだ。曇りに見える層は、空気中の魔力光だけを散らす薄膜だった。遠くの輪郭は鮮明なまま、蜃気楼や魔力嵐の偽像を消す。測量士が正しい道を描けたのは、その曇りのおかげだ。
店主は全面を輝かせた新型へ替えた。客は店内で感嘆し、遠くの塔がくっきり見えると喜んだ。だが荒野では存在しない川や橋まで鮮明に映り、隊商は誤った地図を作った。荷が届かず、地図商、運送店、宿場の取引まで止まった。
測量士が割れた新型を持ち込み、古い曇りレンズを探した。
「見えることと、正しく見えることは違う」
店主が追い返そうとすると、王都商路局の《交易視界盤》が店内へ投影された。地図の販売額だけでなく、その地図を使って到着した荷、結ばれた契約、開かれた市場まで遡る盤だ。輝くレンズの線は荒野で迷い、曇りレンズの線だけが各地の市へ届いた。
「曇った硝子が商路を作ったと言うのか!」
盤は偽像を消すように、店主の名を薄くした。
《見栄えは購入を生んだ。正確さは交易を成立させた》
迷った隊商の荷主たちは、損害票と古い地図を並べた。古い地図の端には、曇りレンズで確認済みという小さな印がある。その印がある道だけ、宿場も橋も実在していた。店主が地図師の功績だと言い張ると、地図師本人が首を振った。「私は見えた線を写しただけだ。偽りを消したのは彼女だ」
ティルマナは商路局の徽章を胸に戻った。店の窓へ飾られていた鏡面レンズを外し、代わりに曇り硝子を置く。そこには店主の顔ではなく、遠くから無事に到着する隊商が映っていた。
やがて隊商が広場へ到着し、ティルマナの古い遠眼鏡で作った地図を掲げた。偽の川を避け、期限どおり荷を運べたため、宿場も市場も再び開いたという。測量士たちは鏡面レンズの美しさを否定せず、街中の観劇用に使えばよいと話す。だが商路用の品には曇り膜を必須とした。店主が窓辺へ輝く新型を戻そうとすると、商路局の役人は展示札へ「装飾用」と記した。ティルマナは曇りを欠陥と呼んだ職人たちへ、偽像が消える瞬間を見せる。彼らは初めて、磨くことがすべてを消す作業ではないと知った。
《真価確定:ティルマナ 実売上寄与95%》
《売上順位:圏外→首位/役職:研磨補助→王都測量器統括》