最後に投じた人
榊原葉澄は、開始と同時に粟津颯へ投票した。
続けて、卓上の銀杯を横倒しにする。転がった杯の底が、鳳来美緒の確定ボタンを押した。
〈一番、榊原葉澄、投票完了〉
〈二番、鳳来美緒、投票完了〉
颯だけが未投票になった。
壁の規則は冷酷なほど単純だった。
〈最後に投票を確定した人物を裏切り者とし、その人物へ投票していた者を解放する〉
「ふざけるな」と颯が立ち上がる。「俺は投票しない」
「締切時に自動確定される」
葉澄は画面下の小さな注意書きを指した。未選択の場合、初期カーソル上の候補へ自動投票される。投票しなくても、最後に確定する事実は変わらない。
颯は美緒の端末を見た。銀杯が押した時、カーソルは葉澄に合っていた。美緒自身は誰へ入れるか決める前だったが、票は確定済みだ。
『他人の確定ボタンを押す行為は、投票への不当な介入です』
「禁止規則は一つもない。それに押したのは杯。私は転がしただけ」
『詭弁です』
「判定は因果関係じゃなく、確定順を見るんでしょう?」
残り二十秒。颯は葉澄の端末を壊そうとしたが、一度受理された票は中央記録へ送られている。自分のボタンを押せば三番目、押さなくても締切時に三番目。
彼はどちらを選んでも「最後の人物」になる。
「どうして最初から俺を選んだ」と颯が問う。
「説明中、あなたは『最後まで様子を見る奴が勝つ』って三回言った。順番が役職を決めるなら、最後を取りたがる人へ先に投票する」
ゼロ。
颯の端末が自動確定する。
〈最終確定者、粟津颯〉
〈裏切り者、粟津颯〉
〈榊原葉澄の投票先、一致〉
葉澄の首輪だけが緑に変わった。
美緒は倒れた銀杯を見つめる。
「私の票まで利用したのね」
「あなたを裏切り者にしないためでもあった。二番目を埋めなければ、颯が先に確定して、最後があなたになる可能性があった」
開いた扉の前で、葉澄は颯へ言った。
「最後まで待つのは情報戦では強い。でも、最後であること自体が罪になる規則もある」
時計はゼロのまま、颯の名前を赤く照らしていた。