最後のノックは誰のため
野球部の最後の大会が終わった翌日、マネージャーの私はユニフォームを着た。
誰にも見つからないよう、夕暮れのグラウンドへ出た。三年間、一度も袖を通さなかった背番号のない練習着。倉庫の奥に残っていたものだ。
私は中学まで選手だった。肩を壊して投げられなくなり、高校ではマネージャーになった。スコアをつけ、氷を作り、冷たいタオルを渡す。それで十分だと思っていた。
最後の大会で負けた瞬間までは。
ホームベースの前に立ち、倉庫から借りたバットを握った。誰もノックしてくれない。自分でボールを投げ、打つしかない。
一球目は空振りした。
「下手」
背後から声がした。引退した主将が、ボール籠を抱えていた。
「何でいるの」
「グローブ忘れた」
「昨日で終わりなのに」
「だから取りに来た」
彼は私の格好を見ても笑わなかった。
「守る?」
「投げられない」
「打つだけでいい」
主将はマウンドより近い位置から、ゆっくり球を投げた。私は振った。鈍い音で、一塁側へ転がった。
「もう一球」
二球目はファウル。三球目は空振り。
腕が痛む前にやめるつもりだった。けれど、三年間我慢した分だけ、バットを置けなかった。
「選手、続けたかった?」
主将が聞いた。
「聞く?」
「昨日、俺にも聞いた」
「続けたかった」
声にした途端、目が熱くなった。
主将は何も言わず、保冷箱から冷たいタオルを出した。昨日まで私が渡していたものを、今日は彼が私の肩へかけた。
「マネージャーが使っていいの」
「今日は選手だろ」
次の球を打つと、白いボールが二遊間を抜けた。誰も守っていない外野を、夕日の中で転がっていった。
私は一塁まで走った。速くなかった。歓声もなかった。それでもベースを踏んだ。
主将が手を叩いた。
「ナイスバッティング」
たった一度だけ、選手として褒められた。
卒業後、肩は治らなかった。けれど私は大学の女子野球部で、またマネージャーになった。
選手に冷たいタオルを渡すたび、あの日の一塁ベースを思い出す。
支える側が、支えられる痛みを知っていること。それが私の、背番号のない強さになった。