最終号の空白
文芸部誌の最終号は、最後の頁だけ真っ白だった。
印刷室で三十冊を綴じ終えてから、風花が気づいた。目次には「編集後記 修吾」とあるのに、本文がない。データには入っていた。けれど両面印刷の設定を間違え、最終頁だけ抜け落ちている。
「刷り直す?」
風花が訊いた。
修吾は残った紙を数えた。八枚。インク残量は警告表示。部費は先週、表紙用の色紙で使い切った。
「無理」
「編集後記なしで配る?」
「俺だけ作品がないみたい」
「編集後記は作品じゃないでしょ」
「三年間で一番いいこと書いた」
「何て?」
「なくなったから名文になった」
二人は白い頁を見つめた。
窓の外では、運動部の掛け声が少しずつ遠くなっていた。今日で三年は引退。部室の鍵を返すまで、あと一時間しかない。
風花は赤いペンを取った。
「手で書けばいい」
「三十冊に同じ文章を?」
「修吾の字、三冊目で読めなくなる」
「じゃあ風花が」
「私の編集後記じゃない」
修吾は一冊目を開き、白紙の中央へ一行だけ書いた。
――ここまで読んでくれて、ありがとう。
二冊目には別の文を書いた。
――あなたが笑った頁を、いつか教えてください。
三冊目。
――誤字を見つけても、卒業後なので直しません。
「全部変えるの?」
風花が訊く。
「同じのを三十回書くより早い」
「絶対遅い」
「じゃあ手伝って」
二人は交互に書いた。
後輩へ渡す冊子には、部室の本棚の秘密。顧問の分には、三年間の赤字への恨み。図書室へ置く一冊には、知らない読者への挨拶。誰に届くかわからないものには、その場で思いついた短い物語を書いた。
二十冊目で言葉が尽きた。
「もう何もない」と風花が言う。
「白紙のままでもよくない?」
「さっき嫌がったの誰」
「書けないことも編集後記」
「逃げた」
「余白を信じた」
風花は二十一冊目に、大きく一つだけ括弧を書いた。
( )
「読者に書かせる」
「横暴な編集」
「参加型文学」
残りの冊子にも、空欄や質問や、描きかけの線を残した。
最後の一冊は、二人の保管用だった。
修吾が「何を書く」と訊く。
風花はペンを持ったまま考え、何も書かなかった。
「本当に白紙?」
「うん」
「理由は」
「次に会ったとき、続きを書く場所」
卒業後も会おう、とは言わなかった。進学先も町も違う。約束は、言葉にした途端、守れるかどうかを数え始めてしまう。
二人は白い頁を挟んだまま、最後の一冊を閉じた。
文芸部誌最終号には、三十通りの結末がある。
そして二人の冊子だけは、今もまだ、最後の頁へ到着していない。