朝に鳴る糸切り鋏
未完成の婚礼衣装には、金糸を一本切るたび、それを縫った相手の命を一日つなぐ呪いがある。代わりに、その相手と過ごした一年を忘れる。
ヴィオラは治療室で、七本の金糸を数えた。
衣装を縫ったのは、元婚約者のサイラスだ。針仕事の苦手な彼が、結婚式までに少しでも手伝いたいと、七年かけて一本ずつ縫った。
式の前月、二人は別れた。彼は騎士を辞められず、ヴィオラは辺境へ移る夢を捨てられなかった。憎み合ったわけではない。だからこそ、別れるしかなかった。
今夜、サイラスは彼女を庇って魔獣の爪を受けた。治癒師は七日あれば薬が効くと言う。七本切れば助かる。
一本目を切る。
出会った年が消えた。市場で彼に荷物をぶつけ、謝る代わりに笑われて腹を立てた記憶。
二本目で、初めて手をつないだ冬が消えた。
三本目で、喧嘩して三日口を利かなかった春が消えた。
四本目で、彼の母の葬儀に二人で朝まで灯を守った年が消えた。
五本目で、辺境の地図を広げ、離れて暮らす未来を初めて相談した夜が消えた。
思い出が抜けるたび、悲しみだけでなく腹立ちや後悔まで軽くなった。楽になることが怖かった。別れを選んだ痛みさえ、二人が真剣に生きた証だったからだ。
サイラスの呼吸は少しずつ安定する。ヴィオラの中では、彼の輪郭が少しずつ薄くなる。
六本目を切ったとき、なぜこの男の枕元で泣いているのか分からなくなった。それでも最後の金糸だけは、指が覚えていた。これは彼が婚約を申し込んだ夜に縫った糸だ。
治癒師が言う。
「六日では足りないかもしれません。でも、あなたまで全部失う必要は」
ヴィオラは眠る男の左手を見た。外されたはずの指輪の跡が、まだ白く残っている。
「知らない人でも、死なせていい理由にはならないでしょう」
鋏を閉じる。
七本目が切れた瞬間、サイラスは深く息を吸い、目を開いた。
彼はヴィオラを見て、懐かしそうに微笑んだ。
「来てくれたんだな」
ヴィオラは、その声に胸が痛む理由も分からないまま、丁寧に尋ねた。
「失礼ですが、私たちはどこで知り合ったのでしょう」