期限切れまで十七分

午後十一時四十三分、彩乃が開いた会話の上には、〈このマッチはあと17分で終了します〉と表示されていた。

マッチングアプリで互いに「いいね」をしてから七日。最初の二日は映画の話で盛り上がり、三日目には好きなパン屋まで一致した。四日目の夜、彩乃が〈その店、塩パンもおいしいですよね〉と送ってから、返事はない。

会話を続けるには、午前零時までにどちらかが新しいメッセージを送る必要がある。アプリは親切に、昼から何度も残り時間を知らせてきた。そのたび、会話ではなく自分の判断が急かされているようだった。

〈お忙しいですか?〉

打って消す。

〈また時間あるときに話せたらうれしいです〉

これも消す。責めていないように見せながら、十分に返事を求めている文章だった。

流しには、夕飯のスープを飲んだマグカップが一つ置いてある。底にコーンが三粒残り、縁には薄く油がついていた。洗濯機は十分前に終了音を鳴らしたが、蓋を開けていない。明日の服だけは今夜干さないと乾かない。

残り十四分。

彩乃は相手のプロフィールをもう一度開いた。真面目そうな笑顔、休日の写真、丁寧な自己紹介。返事がない理由は、忙しい、別の人と会っている、アプリを見ていない、話題が終わったと思った。どれもあり得た。どれを選んでも、彩乃の画面から正解は出ない。

残り九分。

洗濯機の蓋を開けると、湿った空気が上がった。ブラウスを取り出し、肩の縫い目を伸ばしてハンガーへ掛ける。タオル、靴下、部屋着。ひとつ干すたび、画面を確認したくなったが、スマートフォンはテーブルに置いたままにした。

全部干し終えたとき、午前零時二分だった。

アプリを開くと、会話は一覧から消えていた。胸のあたりが少し空いた。惜しかったのか、寂しいだけなのかは分からない。

彩乃はマグカップを水につけ、アプリを閉じた。期限を守らなかったのではなく、返事のない会話を一人で延長しなかった。今夜はそれを失敗と呼ばずに眠ってよかった。