栗を最後にしない

妹の安産祈願へ向かう途中、青砥美琴は駅のベンチで母の栗ごはん弁当を開いた。母は「二人分お祝いしてきて」と笑って持たせた。美琴は電車に乗れず、三本目を見送ったところだった。

美琴は二か月前、妊娠を失った。まだ家族には話していない。妊娠したことさえ告げる前だったから、このまま黙っていれば何もなかったことにできる。妹の妊娠を喜べないわけではない。ただ、祝いの席で母に「次は美琴ね」と言われたら、笑える自信がなかった。

母へ伝えれば、妹の晴れの日に自分の悲しみを置くことになる。行かなければ嫉妬した姉に見える。どちらも選べず、弁当だけが膝にあった。

蓋を開けると、甘い栗の香りがした。木の弁当箱は外気で冷たく、ごはんは粒が締まっている。大きな栗が三つ見えた。子どものころ、美琴は栗だけを最後に残し、楽しみに少しずつ食べた。

今日は最初のひと口で、いちばん大きな栗を食べた。歯を入れるとほろりと割れ、甘さが口に広がった。お祝いの味を先に食べても、悲しみが消えるわけではない。悲しいまま甘いと思えた。

二つ目の栗も途中で食べた。ごはんを半分ほど進めると、もう満腹だった。最後の栗だけが右上に残っている。いつもの美琴なら、そこへたどり着くために無理をした。母の期待も、妹の祝いも、きれいに完食しなければならないと思っていた。

美琴は最後の栗を残し、蓋を閉めた。妹への贈り物は受付へ届ける。祈願には出ない。今日できるお祝いを、自分で決める。

母へ「今は赤ちゃんのお祝いの席にいられない」と送った。理由は書けなかったが、体調不良とは嘘をつかなかった。

折り返しの着信が来る前に、美琴は立ち上がった。弁当箱の中で、残した栗が小さく転がる音がした。

美琴は、残した栗を母へ見せることを想像した。食べられなかった理由を聞かれても、今日すべてを話す必要はない。ただ、いつも通りではない箱を返すことならできる。悲しみを隠すための完食より、残した一つのほうが正直だった。

食べなかった一つは、妹から奪った祝福ではなく、美琴が自分へ残した場所だった。