校庭の空瓶
小学校の理科準備室で用務員が毒死した事件は、二十二年間、事故とも自殺とも決められずにいた。
再聴取を任された逢坂千景の前に、現職の少年係警部補・葛城野実が座っていた。事件当時は六年生。第一発見者であり、唯一の目撃者だった。
「空瓶は校庭の焼却炉で見つけた。そう証言しましたね」
「覚えていません。子どもの記憶です」
千景は当時の作文を置いた。葛城野が翌週、授業で書いたものだ。
〈びんは、先生がけいさつの人にわたした。ぼくは見ていないことにした。〉
葛城野の喉が動いた。
「担任が書かせた創作でしょう」
「警察が瓶を受け取った時刻は、発見届より三時間前です」
瓶には、地元建設会社の農薬が入っていた。その会社は違法投棄を用務員に告発されていた。当時、会社社長の兄が署の刑事課長。現在は県警の首席監察官だった。
「子どものあなたに、誰が嘘を教えたんです」
葛城野は両手を握った。
「父です。交番勤務でした。『本当のことを言えば警察官を辞めることになる』と」
「今度は、あなたが警察官です」
「だから分かる。組織が壊れれば、守れない人が出る」
「用務員は守られなかった」
千景が言うと、葛城野は初めて目を上げた。
「瓶を拾ったのは私です。刑事課長が持っていった。翌日、別の瓶が焼却炉から見つかったことにされた。父は黙り、昇任した。私はその背中を追って警察に入った」
壁の時計が聴取終了時刻を示した。調書を正式化すれば、葛城野は虚偽証言と証拠隠しの共犯として処分される。首席監察官だけでなく、千景の所属する再捜査班を作った幹部まで連鎖する。
葛城野は調書の署名欄を見た。
「私だけの供述にしてください。父はもう病床です」
千景は首を振った。子どもだった彼に全責任を背負わせれば、また組織は一人を使って真実を閉じる。
彼女は作文、先行受領記録、葛城野の供述を一つの電子記録に束ね、件名を「空瓶の組織的差替え」とした。
葛城野が震える手で署名する。
千景はその署名を隠さず、首席監察官を含む全関係者の再聴取申請とともに送信した。