梅干しの種
雪籠城の八日目、霜垣城の兵は梅干しの種をしゃぶっていた。
米はない。味噌もない。種に残った塩気だけが、舌へ生きているふりをさせた。雪を溶かす薪も減り、兵は息を椀へ吹き込んで温かさだけを飲んだ。
足軽大将の雨宮左馬介は、種を一つ掌で転がしながら敵使・戸倉源八と向き合った。
「明朝までに降れ。城兵の腹は、もう鳴る力もあるまい」
源八の目は、庭を掃く兵の頬へ向いた。痩せている。隠しようがない。
左馬介は種を噛み割った。苦い仁が出る。
「明朝まで待つのか」
「今夜攻める価値もない」
「そうだな」
あっさり認めると、源八の眉が動いた。
城の北斜面には、三日前から雪庇が張り出している。樵上がりの兵が雪の裏へ縄を通し、柱へ巻いてあった。旗一つで全員が引けるよう、手の感覚が残る昼のうちに仕込んだものだ。今夜の冷え込みで硬くなり、明朝には崩れにくくなる。落とすなら今夜しかない。
だが敵は飢えを知り、待つつもりだ。
左馬介は庭の兵へ怒鳴った。
「種まで食うな。腹を壊すぞ」
わざと大きな声だった。
源八が笑う。
「種しかないのか」
「見れば分かる」
左馬介は懐から小袋を出し、残りの梅干しをすべて使者へ渡した。
「帰り道に食え」
「敵へ食い物を恵む余裕が?」
「城には種すら残らぬ。夜明けを待つ必要はない、と伝えろ」
源八の笑みが消えた。
飢えた城が、攻めてくれと頼んでいる。露骨すぎる。普通なら罠を疑う。
だから左馬介は、使者の耳元で囁いた。
「城主は今夜、裏門から逃げる。総大将の首が欲しければ、北を塞げ」
半分だけ本当だった。戦場の嘘は、全部作ると匂う。城主は北へ出る。ただし逃げるためではない。雪庇の下へ敵を集める餌になる。
源八は梅干しを握り、雪道を下った。
ほどなく敵陣の松明が北へ移り始めた。城主の首を奪おうと、斜面下へ密集していく。
左馬介は種の仁を吐き捨てた。
「城主を出せ」
北門が細く開き、白装束の騎馬が一騎進む。
敵の松明が雪庇の真下へ入った。雪の重みで縄が軋み、北門の兵は空腹を忘れて両手を添えた。
左馬介が刀を振り下ろす。
雪切りの赤旗が上がった。