橋を閉める前に

花火が終わった午後八時四十五分、河川敷から駅へ向かう人波が歩道橋の手前で止まった。

「この先の橋は閉鎖します」

拡声器の声が届いた瞬間、前の人が振り向き、後ろから来た人とぶつかった。雑踏警備に入っていた鍵谷梓は、同じ案内を繰り返そうとする係員のマイクを下げた。

「もう言わないでください。後ろには『戻れ』としか聞こえていません」

橋は点検のため十分後に閉める予定だった。ところが案内看板は橋の直前に一枚だけで、数千人がそこまで来てから行き先を失っている。滞留は目で見える広さより危険だった。浴衣の裾や子どもの手は、肩の高さにある監視カメラには映りにくい。

鍵谷は橋をすぐ閉めるのではなく、警察と施設側に三分間だけ通行を継続させた。その間に、後方の警備員を二列に並べ、光る光る板を頭上へ掲げる。駅へ行く人は右、臨時バスへ行く人は左。言葉ではなく色で分けた。

さらに屋台の裏を通る退避導線を開け、ベビーカーと車椅子を先に流した。横入りに見えて不満が出たが、狭い橋上で止まる人を減らす方が先だった。

列の中で泣いていた子どもには、母親と壁側に立ってもらった。止まった人を中央へ置けば、左右どちらの流れからも押される。小さな退避でも、場所を選ぶ必要がある。

人波が二つに割れると、橋の手前に空間が戻った。鍵谷はそこで初めて、閉鎖時刻と迂回路を短く放送した。前方だけでなく、百メートル後ろの係員にも同じ文を復唱させる。情報が場所ごとに違えば、人は確かめるため逆流する。

十分後、橋は予定通り閉まった。転倒者はなく、迷子の届けも一件で済んだ。

責任者は「強く言えば動くと思っていた」と汗を拭いた。

鍵谷は、強い声ほど遠くでは別の意味になるとだけ答え、光る板の電池を交換した。

最後の観客が駅へ消えると、今度は清掃車が河川敷へ入ってきた。人のために開けた退避導線が、車には狭すぎる。

鍵谷は柵を組み直した。花火は終わっても、流れを止めない仕事はまだ続いていた。